コロナ禍で気づいた「自然とのつながり」の大切さ「ミラズール」


再オープン後のメニューは農事暦がベース

フランス Mirazur マウロ・コラグレコ

元々、6月にレストランを再開できればと思っていましたが、予定通り6月12日から、ゲストの安全のために席数を減らして、夏の体験を楽しむ新しいメニューを提供しています。幸いなことに満席で営業していますが、世界中からゲストが来ていたこれまでとは異なり、コロナのために海外旅行が制限されてしまっているため、フランスや近隣国からのお客様が中心です。
コロナ中に自由に外出ができなかった時期を経て、人々はもっとリラックスした雰囲気と、自然を身近に感じる体験を求めていると思います。私たちは、ゲストをレストランの前にあるガーデン(農園)で迎え、空と海を望む、レモンの木陰の芝生の上で、ピクニックスタイルでタパスを楽しんでもらうように変えて、非常に喜んでいただいています。

再オープンから新しいコンセプトとして打ち出した「ミラズールの宇宙」は、外出規制の期間を通じて、自然のリズムに従うことの大切さに気づいたことがきっかけです。コースの皿数や長さは変えていませんが、月の満ち欠けに従った、バイオダイナミック農法の4つの要素「根、葉、花、果実」をテーマに、月を通り過ぎる星座の位置によって、2~3日ごとに、全く異なったコースを提供しようと決めたのです。

ウィズコロナの衛生対策としては、テーブルや椅子を清掃する際に、フランス政府が勧める製品を使うなど、より配慮して行なうようになった他、大きな変化としては、食べる前に「手洗いの儀式」を入れたこと。90%のアルコールを水と4つのテーマに沿ったエッセンシャルオイルを混ぜたものを使用して、衛生のために行なう手洗いを美しいものに変えようとしています。コロナ禍の今、私たちは皆、「人生の美しさ」を再び感じる必要があると思うからです。

アルゼンチンの大自然の中で育ったマウロシェフは、自然と向きあっているとエネルギーをもらえるという。写真は、自宅前の農園にて。コロナ禍の外出制限時には、収穫を近所の人と分け合い、週2回、料理を医療関係者に届けてきた。

今までは、レストランの一部が農園。
これからは、農園の一部がレストラン

実はここ4年ほどの間、20世紀初頭にバイオダイナミック農法の考えを打ち立てた、ルドルフ・シュタイナーの弟子、マリア・トゥーンの農事暦に従って農業をしてきました。月がどの星座の位置にあるかを反映させた、この農事歴は最近できたものですが、太古の昔から、人々は常に空を見、地球と仕事をしてきたことには変わりありません。私たちは、地球全体を一つの生命体とみなし、異なった影響を包括的に捉える考え方を復活させたいと思っています。厨房では、この考え方をインスピレーションの源として料理を作ります。
もちろん、この新しい考え方に従って、メニューを創造することは、チームにとって大きな挑戦でした。これまでも、ミラズールのスタッフは、サービスチームも含め、少なくとも月に一度、私たちの料理や哲学を理解するために、ガーデンの手入れをする日をもっていましたが、メニューに実際の農事歴を組み込むにあたって、私たちのチーム全員が農業領域の新しい知識を吸収しなくてはならなかったからです。

天体のリズムと調和する
数日おきに変わり続けるメニュー

この「ミラズールの宇宙」メニューは、根、葉、花、果実という農園にあるその日のテーマにあった食材を創造の糸口として、地元のこだわりの生産者からの肉や魚などの食材とも組み合わせながら作り上げていくものです。アレルギーなど、ゲストからの特別なリクエストがない限り、食材の組み合わせに制限はありませんが、厨房チームにとっても、その時の旬の食材を、4つのバリエーションで提供するというのは、大変なことでした。2~3日に一度、店内のデコレーションや香り、ピクニックスタイルの前菜と9皿のコースの料理、その全てを変えなくてはならないからです。

しかし、大変さと同時に、レストラン自体が農園と非常に近づいているという素晴らしい満足感に包まれています。今まで、農園はレストランの一部でしたが、私たちは公式を逆にして、レストランを農園の一部にしていきたいと考えているのです。また実のところ、美食体験というのは、食材と人、景色との関係性を含んだ、より広範な宇宙でもあると考えているからです。

「ミラズールの宇宙」から2品を紹介。上は花がテーマの日の料理、ミラズールのある南仏・マントンからも程近い、イタリア・サンレモ産の赤海老とルバーブで薔薇の花をかたどった前菜。下はトマトが主役の「果実」をテーマにした料理。
Photo by Matteo Carassale (P88-89)

ゲストは、4つのバリエーションのどの料理を食べるかを事前に知ることができます。予約をする時や、予約確認の際に、ゲストに連絡を取り、コンセプトについて説明し、ゲストの質問にも答えます。さらに、ウェブサイトのデザイナーと相談して、予約の時点で、どの日がどの要素の日なのかをカレンダーで確認でき、あらかじめ知ったり、選ぶことができるようになりました。
料理が数日ごとに変わることで、4つの全部のメニューが食べたいと、同じ月に4回予約を取る方もいますし、リピーターも増えました。何よりも、このメニューを提供することは、ゲストに私たちの考えを知ってもらう機会でもあると思っています。

今は美食の世界のみならず、社会全体にとって難しい時期だと思います。この危機が一体どうなっていくのか、その結果がグローバルなレベルでどうなっていくのかがとても見えづらいですが、確かなのは、この危機は私たちに私たちは地球と運命共同体であるということを示していると思います。未来の美食は、ただ一つの可能性しかありません。未来の世代のために、生命を尊重し、共有、連帯、尊敬といった、人としての価値を伝えることに関わっていくことです。

text 仲山今日子 photo Matteo Carassale

本記事は雑誌料理王国2020年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年10月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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