新旧の良き酒場 【人形町・笹新】  大正4年創業老舗酒屋の日本酒でしっぽり


人形町の名物的な存在のオーセンティックな名酒場。平日は男が一人で「しっぽり」と。土曜は夫婦が睦まじく「しっぽり」と。隣接する大正4年創業の酒屋が営むだけに、“しっぽり”と居並ぶ日本酒は、どれも隠れた銘酒揃い。

しっぽりという言葉は大変便利。本来は「しっとりと濡れるさま」のことを「しっぽり」と表現するようだ。しかし、例えばちょっぴりくたびれたスーツの御仁が、自分だけの時間を大切にするようにしてコップに注いだビールを少しずつ啜っては、静かに「あん肝豆腐」を突いている様子にも使える。あるいは、夫婦が熱燗を注ぎ合い、出汁で煮立てたマグロとネギの「ねぎま」を突いたりしていると、次第に二人の距離が近くなっていく様子にも使える。

年の瀬も近づいた土曜日の午後5時ちょうど直子さんが暖簾を掲げる時間にはすでに数名のお客が並んで開店を待ち構えていた。それぞれの「しっぽりタイム」の始まりだ。
インドまぐろの大トロ、ホッキ貝、鰹、鰯、鰤の5種を2切れずつ盛り込んだ「刺身の盛り合わせ」(1,350円)。大トロが入ってこの価格とは、なんとも酒飲みの味方だ。
あん肝を裏ごして、溶いた鶏卵と混ぜ合わせてから蒸す「自家製あん肝豆腐」(550円)。そのまま食べると濃厚なあん肝だが、これなら淡い味わいで楽しめる。銘品だ。
メバチマグロの腹身を使う「ねぎま(葱鮪)」(850円)。醤油色に染まったネギと豆腐は、出汁の味わいが染みていて、見た目からは想像できないほどあっさり味。

いずれもこの店でたびたび見かける情景で、前者は平日の、後者は土曜日の、代表的な眺めだ。今回取材したのは土曜日の夕方。午後5時の開店後、15分もすれば席は埋まる。ほとんどが男女の二人連れ。慣れた客は着席する前に飲み物と最初の一品を注文してしまうし、カウンターの中では飛び交う注文をすかさずキャッチする。そんなキビキビした雰囲気をツマミにカウンターで盃を傾けていると、やっぱりしっぽりしてくるのだ。
厨房をあずかる猪下広一さんが繰り出すツマミは煮物や和え物など手のかかるものばかり。ホールを仕切る妻の直子さんと一緒に酒場を切り盛りする。隣接する老舗の酒屋が営むゆえに、酒の揃えも実に“しっぽり”だ。

笹新

東京都中央区日本橋人形町2-20-3
TEL 03-3668-2456(予約不可)
17:00 ~ 22:30
日祝・第3土休


text 小林淳一 photo 八田政玄

本記事は雑誌料理王国2020年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年2月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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