古都・金沢のパンが変わってきたのは、ここ10年のこと。金沢とその近郊では若い店主の新店が次々に出現し、おやつ的な存在から食事の大事な要素へと、とくにハード系や食パンのレベルが格段にアップしている。そんななか、金沢近郊に登場した「ニオール」は、後発組ながら独自のスタンスと粉の香り高いハード系パンで、注目を集めている。イラルやダブルアームなど3種類のミキサーも備わっている。
売り場から丸見えの厨房。正面でドーンと存在感を発揮しているのは、赤い炎が燃える薪窯だ。奥にはフランス・ボンガード社の大きなオーブンに、分割機、発酵機。横には日本製の発酵機やコンベクションオーブンも並んでいる。生地づくりの厨房には、スパイラルやダブルアームなど3種類のミキサーも備わっている。
個人で開業しているパン店としては、機器の種類が突出している。厨房もかなり広い。オーナーシェフ丹尾淳二さんは理由を語る。
「フランスやイタリアで見たもの、食べたものをそのまま再現したい。そのために必要なものを揃えたら、こうなりました。現地でおいしい店を見つけたら、そこで使っている機械の使い勝手を体感するために、扱っている日本の代理店を通して店を紹介してもらったり、自分で使っている店を調べたりして、実際に働かせてもらいました。プロとしていいものを作るためには、機械や道具の力を借りながら、ある程度の効率を追求することも必要ですから」
とはいうものの、機械任せというわけではない。たとえば、フランス製と日本製の2台が並んでいる発酵機。「フランス製のものは、湿度が足りない感じ。このちょっと抜けたところが、ハード系のパンに向いている。逆に日本製の発酵機は、きっちり設定どおりになる。食パンやクロワッサンなどはこっちのほうがいいんですよ」。用途に応じて最適な機械をチョイスし、使いこなす、というスタンスだ。「お金はけっこうかかりましたけどね」と笑う。
「イタリア、フランス、そして日本でたくさんのものを見て食べて、感じて、最終的に辿り着いたのは、『シンプルなパンを作りたい』ということ。具の味ではなく、小麦とかライ麦とか、穀物の味がちゃんとわかるパン。のどの奥に味が残るような存在感を目指しています」と言う丹尾さん。シンプルなものは、小技やごまかしが効かない。圧倒的な技術を要するはずだ。「技術とは基本があって、その上に小さな応用が積み重なっているもの。昔からあるあんパンや食パン、フランスのバゲットも、形は変わらないけれど10年前に比べたら確実に進化している。突出したことを狙いすぎると、ぶれるだけですから」
応用を重ね、進化を遂げるために、丹尾さんはつねにスイッチが入っている状態なのだそう。どこで何を食べても、パンの味に落とし込むことを考えている。時に世界各国で食べ歩いた記憶を掘り起こしながら。
新進気鋭の店が次々に台頭する金沢で、「ニオール」が注目を集めているのは、パンの味だけではない。
不定期に開催している「ニオールマーケット」。丹尾さんが「同じ志を持つ」と共感した全国の作り手たちと、一日限りのマーケットを開催している。コーヒー、ワイン、生ハムにチーズ…ときには海外のレストランが参戦することも。金沢ではちょっとお目にかかれないものが並ぶイベントに、地元の食通は色めき立つ。
「単なるパン屋ではなく、パンのある暮らし、パンを真ん中にしたビジネスを展開したい」という丹尾さんは、今日も粉まみれでパンをこねている。基本は、まったくぶれていない。
ニオール
NiOR
石川県野々市市白山町392
● 10:00~19:00
(土・日・祝 9:00~19:00)
売切れ次第終了
● 水、木休
http://nior.jp
つぐまたかこ=取材、文 品野塁=撮影
text by Takako Tsuguma photos by Rui Shinano