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山の自然に寄りそった料理を作ってきた浜田さんにとっては、「草」の存在も絶大だ。浜田さんのもとには2、3日ごとに、長野と新潟の県境から種類もの野草が届く。サメガレイのムニエルには、“山のアスパラガス”と言われるほど味が良いホンシオデや、コンソメで炊いたネマガリダケ、ウワミズザクラ(上溝桜)の酢漬けなどが使われる。このウワズミザクラの酢漬けが、杏仁のような華やかな香りを放ち、白身魚とことのほか相性がよい。
ウワミズザクラの酢漬けは、若葉と蕾を千鳥酢のみに漬け、年分を作りおきしている。蕾は4~5月のほんの数日間しか採れないため、和食で言えば、その使い方と時期から花山椒に匹敵するほどの貴重なものだが、市場では見かけず、価値を知る人も少ないただの山の落葉高木。「野菜もハーブも、もとは草だった。それを人間が栽培しやすいように『野菜』に改良して価値を付けてきたんです。昔の人が持っていた『素直な心』で、山や森が生むおいしさに出会いたい。ウワミズザクラは、その象徴のようなものです」
軽井沢にいた頃、浜田さんは毎日のように山へ草を摘みに行き、山から降りてくる時には料理のインスピレーションが浮かんでいた、という。しかし自然から遠い東京の都心にいる今は、メニューを考えるのにその10倍は時間がかかるそうだ。
「高級な食材を求めて地方に買い付けに赴くのではないのです。自然を味方にして暮らしている方々から、連綿と受け継がれてきた知恵を教えていただくのが目的。その積み重ねが、僕にとってはかけがえのない財産になっています」
そんな浜田さんは、「料理人がもっと山のものを使えば、山の環境が改善する」とも言う。かつて、山は持ち主によって手厚く手入れされており、山そのものに莫大な価値があった。人間は山の草木を食べ物とするだけでなく、日常の道具や建材などに使うことで、自然を守り、山の循環を保っていたのだ。
「一方で、魚は乱獲しすぎて問題になっています。皆がおいしいと思うから価値が高まり、ありがたがられるのは当たり前ですが、僕は絶滅の危機に瀕する魚をあえて使いたいとは思いません。自分の食材の選択が自然環境を左右する。料理人には大きな責任があると思います」
浜田さんは佐久平の『職人館』の館主・北沢正和さんと、縄文時代の料理を研究している。そこで知ったのは、人間は不自由だったり制限があるほうが、むしろ発想が豊かになり、工夫をするということだった。「ひとつの素材を見続けると、ある日すべてのものが見えてくる。毎年手にする季節の食材を、少しずつ方法を変えて、さらにおいしくなるよう工夫をする。繰り返しから生まれるクリエイティビティを大切にすれば、自信と個性に繋がっていく」「星のや東京」のダイニングを統括するにあたり、浜田さんが悩み抜いてたどり着いたのは、ただのテロワール拡大の概念ではなかったのだ。
現在は価値観が画一化し、限られたものだけが高級だと思われ、食べ手はもとより料理人もその価値観に左右されてしまっている観がある。しかし、海と山で成り立つ列島・日本には、まだ光が当たらない小さくも尊い無数の命が息づいている。手間がかかってもいい、不自由でもいい。「制約から生まれる自分なりの工夫や発想の豊かさに、目を向けていこう」と浜田シェフは思う。「星のや東京」のダイニングに着席して、まずはじめに出されるのは、「化石チュイル」と名付けられたひと品。チュイルには、サメガレイやウツボなど、コースで出している魚の骨を使用。魚によっては出汁をとったあとの骨を、余すことなくチュイルに利用する。
チュイルの器は、「星のや東京」の工事中に出土した、江戸時代の檜の木と思われる屋敷の柱と、現代の檜を重ねた特注品だ。枝豆と海老のフリットを刺した串は、その際に出土した釘を鍛治職人が叩いてのばしたもの。先達の歴史や知恵に料理の真髄を学んできた浜田さんの哲学が、器にも息づく。
宿泊客のみの利用だったダイニングは、2017年1月より外部からも予約できるようになり、口コミは以前にも増して拡散している。浜田さんは、自分の皿を通じてNIPPONキュイジーヌの本当の意味が、広く深く伝わることを願っている。
Noriyuki Hamada
1975年鳥取県生まれ。イタリア料理店で修業後、フランス料理の世界へ。2007年「軽井沢ホテルブレストンコート」の総料理長に就任し、「ユカワタン」を監修。 13年「ボキューズ・ドール」フランス大会本選で世界第3位に輝く。16年より「星のや東京」料理長。
横田典子=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国2017年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2017年9月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。