メキシコの伝統料理であるタコスは、本国の都市部では、ファーストフード化が進んでいる。そんななか、地球の裏側にあたる日本に、伝統的なトルティーヤ(トウモロコシの薄焼きパン)の製法にこだわり、旬の食材(しかも異国である日本の食材)を使って、コース仕立てで提供するタコス専門店があると聞いたら、多くのメキシコ人たちは驚くことだろう。
「ロス・タコス・アスーレス」のオーナーシェフ、マルコ・ガルシアさんは、メキシコの在来品種の黒いトウモロコシを自ら輸入。メキシコで特注した製粉機を使って、トルティーヤを自店で製粉から手がける。丁寧に作り上げた品種由来の黒い生地は、まさに店の魂とよぶにふさわしい。
そのトルティーヤで、繊細に調理された牛タンやマツタケ、ブリやウニなど、日本の旬の食材を手で包んで食べるガルシアさんのトルティーヤは、まるで季節の素材をネタにする「すし」のよう。
生地と具材をつなぐのがサルサ(ソース)である。メキシコでサルサといえば、トウガラシ入りが基本。驚くばかり多くのトウガラシがあって、その特徴を活かして使い分ける。「その多様性はすごくて、僕もすべてを知っているとはいえません」
トウガラシ使いは、用途や地域によって変わる。なかでも、もっとも一般的なサルサが「チポートレ」だ。そのまま野菜を炒める際の味付けにも使えるほか、マヨネーズやトマティーヨ(食用ホオズキ)と和えて使ったり、汎用性が高い。
基本的には、燻製された乾燥トウガラシをお湯で戻し、スパイスと調味料、ニンニクとともにペーストにし、加熱したものです。使う燻製トウガラシの種類によって、風味や辛さが違ってきます」
ガルシアさんが選んだのは、小さなハラペーニョを燻製にした「チレ・モリタ」と、ポブラーノという比較的辛みがマイルドな品種のトウガラシを燻製にした「チレ・アンチョ」の2種類。チレ・モリタの辛みや香りをベースに、チレ・アンチョの旨味や甘味が加わる。さらに旨味がたっぷり出たチレ・アンチョの戻し汁を、出汁のように使う。味わえば、複雑な辛みと旨みを発見する。
刺激を与えたいときに辛みは必須。一方で、タコスの命であるトルティーヤの生地の味や香り、タコスそのもののおいしさが伝わらなければ意味がないとガルシアさんはいう。「辛みは、あくまで味の奥行きやアクセントで使いたい。だからちょっとだけ辛ければいい。その辛さの強さではなく、いろいろなバリエーションで、食欲を刺激したいですね」
江六前一郎=取材、文 依田佳子=撮影
text by Ichiro Erokumae photos by Yoshiko Yoda
マルコ・ガルシアさんのチポートレを作ってみよう