SAKE PAIRING/特別対談「 GEM by moto」千葉麻里絵×「丸山珈琲」丸山健太郎


日本酒ペアリングの第一人者、千葉麻里絵と、
スペシャルティコーヒーの先駆者、丸山健太郎が、
真剣な面持ちで飲んでいるのは…

日本酒でドリップした「SAKE coffee」!

フランス料理人、鮨職人、ソムリエ…、千葉麻里絵さんが店主を務める恵比寿「GEM by moto」は、訪れた食のプロたちが、次から次へと日本酒の魅力に開眼する場。彼ら、彼女らは、千葉さんの意外性に満ちた、しかし、的確に打ち込む日本酒サーブの小気味よさにぐっと心を掴まれる。

今回、千葉さんが対談を希望した「丸山珈琲」の丸山健太郎さんもそのひとり。しかし、今年5月、『最先端の日本酒ペアリング』を出版した千葉さんが、なぜコーヒーの世界の人を名指ししたのか? 聞けば、彼女は、最近、コーヒーを燗酒でドリップした、「SAKE coffee」作りに夢中。それは、丸山さんとの出会いから始まったという。千葉さんが、今、日本酒ペアリングのその先に見ているものを探るべく、二人で語ってもらった。

日本酒にない苦味を求めて酒でコーヒーを抽出

― 丸山さんが初めて、「SAKE coffee」を飲んだ時はどんな印象だったのでしょう?
丸山健太郎 お酒にコーヒーの液体自体をブレンドするパターンはあるのですが、苦味や雑味が強いことが多いんです。でも、千葉さんはコーヒーのいいところだけをうまく抽出していて。「こういう飲み物があるのか!」という驚きがありました。今、ここにあるのは?
千葉麻里絵 「磐城壽 再仕込純米 2TIMES」(山形・鈴木酒造店長井蔵)で、ドリップしました。「2TIMES」は2年分の貴醸酒をかけ合わせた甘いお酒です。
丸山 この間も飲んだよね。(ひと口飲んで)あれ? 前の時よりおいしい! 明らかに甘いチョコレートのようなものが舌の上をコロコロ転がっていくんだけど。コーヒーは何を使ったの?
千葉 こちらです。(丸山珈琲のコーヒーバッグを差し出す)前回は3秒だった抽出時間を、6秒に変えました。コーヒーの持っている酸味と、お湯だけだと出てこない、コロコロした甘味が、この貴醸酒と組み合わせると出てくると思って。
丸山 なるほど。「マリサベル・カバジェロ カトゥアイ ナチュラル」でしたか。これは、ホンジュラスのマリサベルさんという方のコーヒーです。ナチュラルという製法は、コーヒーの赤いチェリーをそのまま乾かす、一番原始的な方法。焙煎されてコーヒー豆になる種子がずっと果肉に包まれたままなのですが、そうするとフルーティなベリー系の味が出るんです。人によっては、味噌や醤油っぽさを感じる作り方なんですよ。

「日本酒にない苦味を、コーヒーやスパイスで足すことに夢中です」―千葉

― このコーヒーにうま味が含まれているんですか?
丸山 成分分析すると、ピログルタミン酸、バリン、フルクトース、イノシトールなどが含まれています。チーズや、味噌、醤油系のような香りを感じるのが特徴なんです。
千葉 それでお酒と合わせやすかったんですね。
― このコーヒーカクテルが生まれたのは、お二人の出会いがきっかけと聞きました。
千葉 日本酒で日本茶を抽出する試みは、日本茶専門店「幻幻庵」の丸若裕俊さんと経験済みでした。(その後、日本酒で抽出したお茶がオンリスト)狙いは、最近甘味が増した日本酒をどう提供していこうかと考えた時、日本酒にない「タンニン」の苦味、渋味と組み合わせたら、日本酒の幅が広がるかと思って。同様に、コーヒーの苦味でもやりたくて試したのですが、日本酒の甘さがコーヒーの苦味に持っていかれちゃうんですよね。お茶では完成形が出来たのに、なぜコーヒーでは出来ないんだろうと、丸山さんにお話したら、その次にバリスタの社員の方を連れてきてくださって。そこから、丸山さんのコーヒーでいろいろ試しました。でも、これ、カクテルって呼んでいいのかなぁ…。
丸山 いいと思いますよ。僕は、みんなが抽出して飲んでいるものは、コーヒーという木のタネを焙煎して砕いたものをお湯で作るカクテルだと思っているから。

「中には、味噌や醤油のような香りを持つコーヒーがあります」―丸山


千葉 なるほど。じゃあカクテルだとしたら、お茶やコーヒーの他にも、本でまとめたようにスパイスなどもけっこう使用するのですが、自分の中で、絶対に決めているルールがあって。
丸山 どんなこと?
千葉 日本酒って、発酵工程の中で、例えば桃の香りも出るし、熟成するとメイラード反応でチョコレートのような味わいのお酒も出来たりするんですが、例えば桃の香りをより引き出したい時でも、そこに桃を足すような直接的なことはしたくないんです。見えないものを、他のものとの組み合わせで生み出すロマンが欲しくて。
丸山 今、バーテンダーさんの中でコーヒーカクテルがブームで、コーヒーを使わないでコーヒーの味を再現する方はいますね。千葉 コーヒーの苦味や独特の酸は日本酒にはないので、最近はペアリングでも苦味と苦味とか、苦味と酸味などの世界観で組み合わせていくのが好きです。これまでは、うちのシグネチャーである、ブルーチーズハムカツに、どぶろくをソース代わりにという、ある種、うま味爆弾のようなペアリングを提案していましたが、今はスパイスで苦味を足すとか、そういうことにはまっています。甘味ってものすごく甘いと極まって苦味を感じるのですが、そういう意味では、日本酒とコーヒーの味の組み合わせは、甘×苦ではなくて、苦×苦なのかもしれません。
丸山 初めてこちらにお邪魔した時に、僕が知っている今までのペアリングとは違って、実験的で攻めている印象を受けました。
千葉 すごく嬉しいです。
丸山 何かが進行中なのはわかるんだけど、今まで体験したことがないから驚くばかり。明らかに確信犯なんですよ(笑)
千葉 全員に響くとは思っていないですが(笑)。ペアリングでもなんでも、少しだけ意識しているのは、適度な違和感を出すということ。今って、浴びる情報量が多いでしょう。だからペアリングを考える時には、え、これって合うの?と、良い意味で一瞬戸惑ってしまうような組み合わせにしたい。ハムカツにはビールでしょという固定概念を飛び越えたいんです。

千葉麻里絵( ちば・まりえ)
岩手県盛岡市出身。山形大学で食品の物質工学を学び、
SEを経て、新宿の「日本酒スタンド酛」に入社。各地の
酒蔵へ通い、酒類総合研究所の研修で専門知識を身につ
け、日本酒業界にてめきめきと存在感を強める。2015年
「GEM by moto」を立ち上げ、現在に至る。

これからのコーヒーは日本酒が参考になる?

千葉(平杯を取り出しながら)では、次に、先程と同じコーヒーを、さらに甘味がある「磐城壽 再仕込純米 4TIMES」で抽出したものを飲んでみてください。急冷して味を決めてからお燗にしています。
丸山 !!!! ちょっとこれ最高においしい! 甘いものって本能的においしく感じますよね。しかも、豆のキャラクターが出ている。
― このお酒によって新たに引き出されたコーヒーの魅力はどういう部分でしょう?
丸山 コーヒーって、突き詰めると淹れるのがすごく難しいんですよ。やっぱりトップバリスタが淹れるとおいしいんだけど…という話になることがあるのですが、お酒で抽出すると、少し気になる後味があったとしても、良い意味で丸まってくれる気がします。
千葉 お燗文化がある日本だからという背景もありますしね。
丸山 そうですよね。実はね、スペシャルティコーヒーをやり始めると、当然みんなワインを勉強するわけですが、ペアリングも含めて、最近、日本酒の勉強が大事だと思っているんですよ。
千葉 というと?
丸山 コーヒーの世界では、チェリーというコーヒーの赤い実の中にある種を剥き、そのまま約24時間放置して、発酵させ、水で洗うのがいいとされてきました。でも、考えてみると、発酵に全然誰もタッチしてこなかったし、コーヒー農園に行くと、山の中で開放された状態でやっているわけですよ。そういう意味では、何のコントロールもできないんですけど、そこをみんないろいろコントロールし始めて、今までにないフレーバーが出てきたり、酵母を使って発酵させたりしています。自然に任せる日本酒の生酛しかり。これからのコーヒーを考える時に一番勉強になるのは、日本酒じゃないか?と思っています。

丸山健太郎(まるやま・けんたろう)
1991年軽井沢にて丸山珈琲を創業し、現在、軽井沢と東
京を中心に12店舗を展開。当時、まだ珍しかったスペシャ
ルティコーヒーに着目。自らバイヤーとして産地に足を運
ぶ。素材の個性を引き出したスペシャルティコーヒー専門
店として支持されている。

必要なのは意図的なほんの少しのノイズ

ブルーチーズハムカツ
×
どぶろくスタンダード
(岩手・民宿とおの)

日本酒が入り込む余地をあえて残した、「GEM by moto」のシグネチャーペアリング。粘度とフレッシュな酸を持つ「民宿とおの」のどぶろくを、ソース代わりに添える。口内調味により、厚切りハム、ブルーチーズ、どぶろく、それぞれのうま味が三位一体となって爆発。「GEM」初体験者が洗礼を受ける組み合わせだ。

丸山 さっき、コーヒーの香り成分の話が出たけれど、イソ吉草酸もコーヒーにあって。
千葉 え、納豆の香りがするイソ吉草酸ですよね?
丸山 そう。あれ、コーヒーにもあって。
千葉 え!
丸山 コーヒーの場合、適量だとキャラメル感が出るんです。
千葉 へー!「イソ吉」って、納豆系だから、日本酒では出ちゃダメとは言われているんですが。先程話した、適度な違和感にも通じるかも。
丸山 あくまでバランスなのですが、そういう香りを含むナチュラルな処理方法は、少し前までは0点とされていました。
千葉 その香りが出た時点で終わりですよね。
丸山 僕は、最終的にはお客さんが決めると思っているので、ニュートラルな姿勢で臨んでいたんですよ。ただ、蓋を開けたら、お客さんも評価してくださって、バランスの良いものは支持され、残っていく。そこら辺も、日本酒とコーヒーで重なるところがあるのかな。
千葉 ペアリング本は、オフフレーバーは本当にオフなの?というアンチテーゼも込めて、書いています。今、お店には、世界各国からお客さんが来てくださるのですが、「花巴」(奈良・美吉野醸造)の、チーズのようなジアセチルの香りがすると言われていた水酛がとても受けています。皆さん、なんてエロティックで素敵な香りなんだってうっとりしていますよ。
― そういう意味では、日本酒、コーヒー、そしてワインの世界でも、より自然に、より自由に造るという方向性があるのでしょうか?
千葉 味の形が一緒なんですよね。おいしいものって。最近、おいしいものが増え過ぎている気がして、どれも同じ形を描いているように見えます。それこそ、先程お話した、ほんの少しの違和感やノイズが大事な気がする。もちろん、ノイズが多過ぎてもだめですが、少しノイズがあると印象に残りますよね。ペアリングでも、何か引っかかる、今のは何だったんだろう、もう一度食べなきゃわから
ない、というのをものすごく意識しています。おいしさの中に何か隙間を作るというか。
丸山 ああ、昔行った、海外のレストランを思い出すね。これから星を取るかもしれないというシェフの店で食べたら、全部の皿がおいしくて、後で思い出せないんだよ。食べている時は感動したんだけど。
千葉 そうなんですよね…。おいしかったんだけど、何を食べたかは思い出せない。
丸山 記憶に残るおいしいお店って、一つひとつおいしいんですが、あえておいしすぎないお店は、食事の流れも覚えていて、もう一回行きたくなる。
千葉 でも、なんでも自由にやればいいってわけではない。そこですよね。
丸山 不調和は不調和で、不協和音なら不協和音で、そこに何か、やっぱり不調和の中の調和がなければいけなくて。
千葉 そこは絶対核として持っていないといけないですよね。
丸山 でなきゃただの…
千葉 そう。自由おばさんとか自由おじさんになってしまいますよね(笑)。
丸山 それこそ、ジャズのように意識してわざとノートを外す。本当にヘタじゃなくてね。

「ペアリングも含めて、最近、日本酒の勉強が大事だと思っている」―丸山

「おいしいものが増え過ぎている中、意図的なノイズを大切にしたい」―千葉

焼きバナナの豚巻き
ココナッツソース
×
スペシャル古酒
(詳細はお店で)

皮ごと焼いたバナナにミントと豚肉を巻き、ココナッツミルク、かつおと昆布出汁、ナンプラーなどを加えたソースに、オレガノ、バジル、タイム、ゴマなどからなるイスラエルの調味料「ザータル」をプラス。そこに、枯れた味わいとどこか青い草を思わせる古酒を合わせることで、複雑な要素が整列し爽やかな味わいとなる。


― 考えた上で、でもこの音を鳴らしたいんだ!といったような。
丸山 僕、クラシックも好きなのですが、普通はバッハって、きれいに弾くけれど、でもこれを聴かせるためにこう演奏しているという意思があるのなら、きれいに弾かなくてもいい。そういう境地に、どの業界の造り手も達してきているのかなと思います。重層的に意図が反映されているか否か。
千葉 意図的なのって重要ですよね。考えないで「これでやっちゃえ!」っていうのは、見て、飲んで、食べて、すぐわかりますよ。
丸山 まず心が動かされない。
千葉 全然エモーショナルじゃなくて。
丸山 だから逆に言うと、ここに来た時に何かが動いたんですよ。何が動いたんだかわからなかったけど。「うーん、ただものじゃないなって」(笑)
千葉 それは嬉しいですね (笑)。よく「ヘンタイ」と言われますが、「ヘンタイ」はね、意外と確信犯なんです。なんでもないように装っているけれど。
丸山 大真面目にやっています(笑)。
千葉 まだまだ、苦×苦のペアリングを追求していくので、「ヘンタイ」同士、よろしくお願いします(笑)。

GEM by moto
東京都渋谷区恵比寿1-30-9
TEL 03-6455-6998
火~金 17:00 ~ 23:00 LO
土日祝日 13:00 ~ 20:30 LO
月休


text 浅井直子 photo きくちよしみ 

本記事は雑誌料理王国2020年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年1月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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