開かれた食の世界のために。 フードエッセイスト平野紗季子さん


平野さんの惹かれるシェフの法則
1.「自分の土」を掘り続けている

とかく動いているもの、はやっているものに目が行きがちになるのはどこの世界でも同じです。そんな中でも、自分が何を持っているのか、どこで生まれて、どんな人間で、私は誰なのか。それが、料理を通じて伝わってくることが大切だと思います。「自分の土を掘っている人」は、自分が持っている土の質、これまで自分がどう耕してきたかを、わかっているから、作る料理に矛盾がないんです。だから食べて納得ができるし、すごく感動させられます。

東京・目黒の「Kabi」のシェフ、安田翔平さんの料理に対する姿勢が面白いんです。修業のために北欧に行き、北欧料理が世界を変えていく様を目撃して「海外のコピーではなく、自分の国の文化や料理を掘り下げなくては」と考えたそうです。

その彼が、日本の食文化を掘るということを態度で示しています。日本の発酵文化を軸に、日本の食文化を原点回帰ではなく原点進化させるような料理が現れる。それを和食ではない、ある種自由な立場から意欲的にやられているのが興味深いです。

彼はミシュランの星には興味がないと言っています。ミシュランの星をとるには、そのための法則がある。そうすると料理が似てくる、そのことを彼は危惧している。

今、世の中は、灰色化していると思います。あらゆるものが混ざり合っている。新しいものを作っていこうとするなかで、いつも何かが何かに似てしまう。だからこそ、「自分の土を掘る深さ」に惹かれてしまいます。

『ポパイ』4月号の別冊付録「味な店」
『ポパイ』4月号の別冊付録「味な店」の冒頭に収められている平野さんの小文。誰にもまねできない物語が生まれる場所を、「味な店」と定義している。

平野さんの惹かれるシェフの法則
2.専門性の壁を超えて外とつながれる

アートやファッションの世界がジャンルを超えて、さまざまなコラボレーションをしていますよね。色んな業界の人たちと垣根を超えて、世界中でコラボレートしていくと、そこには何かを生み出すエネルギーが生まれる。料理業界も最近、グルメ産業からクリエイティブ産業という視点で開かれた姿に変化しているように思います。

シェフたちもまた「閉じないで開こう」と、専門性の壁を超えて、外とつながる方々が増えています。「レフェルヴェソンス」の生江史伸さんは、茶懐石の精神を真摯に学ばれ、それを取り入れたコースをやられています。常に自分をアップデートしようとする大胆さは、ある意味パンクというか。クリエイティブ・マインドに溢れています。

2015年に、日本に「ノーマ」がやってきました。賛否両論あった中で私は、「日本のことを知らなさすぎる」という意見にとてもショックを受けました。「芥川龍之介全集」を読まなかったら、芥川龍之介を語っちゃいけないのでしょうか。私は、外から何かを得ようとする気概こそが、新しいものを生み出す原動力になると思うのですが。

平野さんの惹かれるシェフの法則
3.社会の中の自分を認識し、ソーシャルである

自分の軸を持ちながら、それを殻に閉じ込めずに、広く外とつながる。でも、それだけではダメで、自分自身の行動が、社会に対してどう見えているのか、社会に対して何をしているのか、それを認識している人は、すばらしいと思います。

キッチンで、ずっと料理の道を究めることも素晴らしいだと思いますが、一方で、これからの時代は、外に出て、自分を俯瞰して見る目を養うことも、大切なことになると思います。

「ノーマ」のヘッドシェフだったダン・ジュースティさんがアメリカで立ち上げたプロジェクト「BRIGAID」は、学校のキッチンに料理人が入り、学校給食を変革するというものです。食事を通じた喜びを子どもたちに伝えたいといいます。

社会と繋がろうとすると、どうしてもお店を離れることも多くなってしまいます。今の日本ではなかなか例を見つけるのは難しいですが、バンコクのズーリング兄弟のように「ダブル・シェフ」の体制をとれれば、 一方が、店の外にいても、もう一方がキッチンを守ることもでき、より活動の幅も広がるのではないかと思うんです。

フードエッセイスト平野紗季子さん

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