「自分らしくないことは、したくないんですよ。それをやったとたんに踏ん張りがきかなくなるような気がするから」と話す「81」永島健志さんに、ちょっぴり意地悪な質問をしてみた。
「好きなことをやって突出すればするほど、人はいろいろなことを言うでしょう。辛くないですか」と。少し考え込む様子を見せた永島さんだったが、すぐにきっぱりと言い切る。「あるがまま、やりたいことをやっていたら、風当たりは強くなるし、批判も集まります。それは辛いですけれど、最近は『しょうがないじゃん』と割り切っています。自分にも人にも、もっと言ってしまうと素材にも嘘はつきたくないですから」
何事においても、少しでも手を抜いてしまったら、一見組み上がっているように見えても、どこかでパーツが足りなくなって、完成を見ないと思う、と永島さんは言う。
「だから、納得できるまでていねいにやるしかないんです」
永島さんを紹介するときによく使われる常套句に「スペインの『エル・ブリ』で修業をした」という言葉がある。これもまた、ゲストにとってはくせ者。「エル・ブリ」という店名にイメージを膨らませ、ゲストは分子ガストロノミー料理を期待するからだ。ところが永島さんは、まんまと肩すかしをくらわせる。
「なかには『期待外れだ』と怒る人もいます。でも、僕がフェランアドリアと同じものを作っても、何のオリジナリティもないし、驚きもない。フェラン氏から学んだものをベースに、どうやったら自分らしい料理を作ることができるのかを考えることが重要です。実際、フェラン氏もつねに、『クリエイションは物真似じゃない』と言っていました」
今回の「スモークダック」も、低温加熱した京鴨に海塩とソースを添えただけのシンプルで分かりやすい料理だ。もちろん、奇をてらうこともなく、普通にうまい。
しかし、ゲストがひと口、ふた口食べたあとに、〝ナガシマイズム〟は一気に全開する。おもむろにスモークガンを持って客席をまわり、空気に薫香をまとわせていく。こうすることで、脳内で薫香と鴨肉の味が一体になるのだ。肉自体に薫香を付けないから、鴨肉本来のうまさを味わうことができる。
「調理で素材を殺さないこと。『生かす』というのもおこがましいと、僕は思っています」
影響を受けた人はたくさんいすぎて、名前を挙げることはできない。「でも、会ってみたい人ならひとりいますよ」と永島さんはニヤリと笑う。なんと、千利休だと言う。
「美意識の塊であり、ナルシスト。それでいて、商売に関しては、けっこう、業突く張りだったりもする。おもしろいおっさんですよね」
そんな利休が作った茶室に、今、永島さんの心は向いている。
「『81』を、お茶室にしたいんです。ああいう宇宙を作りたいんですよ」と言うのだ。まさに、主としてお客さまをお迎えする感覚。
「『81』が予約を承った時点で、何日も前からお客さまは『81』に来ることが決まっているわけです。そのお客さまたちのために、万全の体制でドアを開けて、『81』という小宇宙へ誘う。そこでは、料理だけでなく、時間も空間もすべてを楽しんでいただける。『81』をそういう場所にしたいんです」
店内を暗くし、大音量の音楽を流しているのも、ゲストの期待感を煽るための仕掛けだ。
「テーブルをコの字型にして真ん中に空間をつくったのも、お客さまに楽しんでいただくためです。一見、無駄なスペースのように見えますが、これこそがおもてなしの重要な空間なんです」
最近、駆け出しの頃の夢をよく見る、と永島さんは言う。
「足元を見直す時期なのかもしれませんね。美術、音楽、ファッションなど、あらゆる表現のなかのひとつとして料理があるということを突き詰めていきたい。自分の箱を磨き上げていく一年にしたいですね」
こけおどしではないから、人が集まる。そこに道を貫く覚悟がある。
憧れの人 千利休
影響を受けた人は多くひとりに絞ることはできないが、会ってみたいのは千利休。美意識が高い一方で、意外に欲が深く強情だったりする。そんな人が、何を考えてあの茶の湯の世界を作り上げたのか興味がある、と永島さん。
81
Eighty One
東京都港区西麻布4-21-2 コートヤードHIROO
080-4067-0081
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山内章子=取材、文 今清水隆宏、宇都木章=撮影
本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。