日本料理の名店を訪ねる「木乃婦」


京都・烏丸
「木乃婦」 髙橋 拓児

京料理とワインの調和を構築する、3代目の技の味

祇園祭の山鉾町のひとつ、岩戸山の地に初代・髙橋元信さんが仕出し屋を創業。2代目・信昭さんが料亭の形を成し、現在は3代目の拓児さんが店を取り仕切る「木乃婦」。シニアソムリエとして、いち早くワインと京料理のマリアージュを試みるなど、時代を反映した料理を手がけてきた拓児さんの「今」をたずねた。

ふかひれと胡麻豆腐のお鍋
「暑い時期でもやっぱりこれがいい!」と根強いファンがいるという名物料理は楽焼の丸鍋にて。昆布と鶏ガラ、金華ハム、酒で仕立てた滋味豊かなスープで自家製の胡麻豆腐と丁寧に下処理を施して脂肪分を取り除いたふかひれを煮込む。熱々で濃厚なスープとぷるぶるの胡麻豆腐、ふかひれの食感が楽しい創意あふれる逸品。

こぢんまりと心地よい「離れの間」は円形の掘りごたつテーブルと坪庭が印象的。

京らしい風情を感じさせる店の前には祇園祭に山鉾が建つ。

「京風ローストビーフ」。百貨店やお取り寄せで好評を得ている〝季節を与えるローストビーフ〞。家庭で食べることを前提に、季節野菜と合わせやすいように工夫を凝らした。タケノコ、花山椒、柚子味噌、葉唐辛子など12カ月異なる味わいで提供。写真は黒七味の香りを生かしたもの。牛肉の筋をベースに醤油とみりんを合わせたソースはご飯とも相性が良い。

清々しい白木のふたをそっと開くと、季節をちりばめた小宇宙が感嘆を誘う。端正な佇まいの松花堂弁当はまさに「木乃婦」の真骨頂だ。

「少人数が個室で食事をする料亭や常温で食べるのを前提に作られたお弁当など、多様性がある食文化は日本料理の強みだと改めて思いました」。

来店するゲストは減少したものの、ランチミーティングなどで高額の弁当の注文は引きも切らず、中元や歳暮など贈答品の需要も増えたという。また、仕出しや出張料理の依頼、小規模の披露宴といった安心できるプライベートな空間での食事のニーズは増える一方だ。

「新型コロナウイルス感染症が終息しても、以前の日常に戻る可能性は薄いでしょう。コロナ禍を経験する中で飲食店に求められるものは明らかに変わってきました。従来のガストロノミーが崩壊し、新たな食の形へどう移行していくかが問われる時代がきたと感じています」。 

来年の2月頃には140坪ある厨房の改装を予定。仕出し、ケータリング、ローストビーフなどの物販、食事それぞれの部門の動線や衛生面を熟慮したシステムを完備することで、さらに合理的で安全な仕事を目指す。

「時代の大きなうねりの中にいる貴重な体験、変化を楽しんでいる自分がいます。時代に適応できるものだけが、生き残ることができる。さてどう乗り切ろうか?と考える、ぞくっとしたおもしろさもあります」と理論派らしい一面を見せる。

定番料理の「鱧の木屋町焼き」に合わせた白ワイン「しふく」(マンズワイン)は、2021年食農科学の博士課程を修了した髙橋さんの研究テーマである「日本料理に合うワイン」。フランスワインに料理を寄せるのではなく、ぶどうの品種や酵母の選定、ブレンディングなど、各国のワインを統計解析にかけたものと比較・分析しながら、日本料理の特性に合うワイン作りに一から取り組んだ。魚の生臭さを増幅させる鉄分が少ない甲州ぶどうに袋掛けすることで遮光。苦味を抑えたすっきりと透明感のある味わいに仕上げ、繊細な日本料理には不必要な香りの軽減にも成功した。

「しふく」とは茶道で大事な茶入を包む「仕覆」を意味し、ぶどうを大切に包むことで遮光するイメージにも通じる。「祖父、父が代々作り上げてきたこの店を4代目へと引き継いでいくこと。いずれ息子を指導する立場になる今の20代から30代の若手料理人をしっかり育てていくことが、今の僕の役目だと思っています」。

「自然を柔軟にかわし、ゆだねていくのが日本料理の世界観」。そう話す髙橋さんは時代の荒波に臆することなく、しなやかにまっすぐ自らの航路を進んでいく。

「松花堂弁当」。ほおずき、青梅、鶏松風、厚焼き玉子、小鮎の甘露煮、丸十レモン煮、海老の艶煮、鰻の八幡巻き、蛸の柔らか煮など八寸。鯛、まぐろ、イカの造り。炊合せ替わりにアワビ、パプリカ、オクラなど夏野菜のゼリー寄せ。鱧寿司とご飯。店で出す場合と仕出し用では出汁を変えるなど、時間差による味わいの変化にも気を配っている。

身に塩をした鱧を芯温80℃で蒸し焼きに、外は香ばしく炭火で焼く。

山鉾巡行の様子を描いた屏風が鮮やかな「胡蝶の間」。

鱧の木屋町焼き
江戸時代の文献「はも百珍」にある料理をアレンジ。2枚の鱧を重ね、間に水溶き葛を塗って蒸し焼きにする。生臭さを軽減させるためタレを塗って香ばしく仕上げている。皮と皮に掛けて高瀬川と鴨川の間=木屋町という洒落のきいた名前も面白い。器は万歴年間の品を型から起こして再現させ、特別にふたを付けてもらったそう。

髙橋 拓児さん

「料理は時代を反映し変化していくもの。今の時代に求められているものを提供していきたい」

木乃婦
京都府京都市下京区新町通仏光寺下ル
岩戸山町416
TEL 075-352-0001
12:00~15:00(13:30LO)、18:00~21:30(19:30LO)
水休、不定休あり

text: Sawako Yamada photo: Koichi Higashiya

本記事は雑誌料理王国318号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は318号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする