イタリアとフランス伝統の驚愕トリ料理


フランスの「鶏の膀胱包みPoularde en Vessie」

イタリアの「悪魔」も強烈なインパクトだが、フランスの伝統トリ料理も負けてはいない。なにしろ「膀胱」なのだから。これまた日本では、会食の場で決して口にすることのないもの。膀胱が料理に使われることもなければ、食事中の会話で突然、その言葉が上ることも、まずない。しかし、フランス料理では「膀胱包み」がれっきとしたレストラン料理として存在する。古典的伝統料理ではあるが、もちろん現代でも通用するものだ。フランス語で、膀胱は「ヴェッシー」という。

日本人の耳にはやさしく、美しい音色に聞こるが、フランス人の頭の中では「膀胱」という認識であることに違いはない。
これ、何の膀胱かといえば、豚である。フランス料理で「アン・ヴェッシー」というと、鶏を始め、仔鴨、鳩などの鳥類を豚の膀胱に詰めて焼き」にする技法。たいてい鳥は一羽丸ごとを使い、お腹の中にフォワグラやトリュフ、キノコなど旨味いっぱいの詰め物をし、ブイヨンやコニャック、ポートなどのだしと酒とともに膀胱に入れてしっかり口を閉じ、お湯やらコンソメやらの液体の中でゆでて火を入れる。

加熱されると膀胱内には蒸気がたまって風船のようにふくらみ、鶏肉は密閉された袋の中で蒸し煮状態となって、おいしいだしを吸いながらしっとり柔らかく仕上がるのである。伝統的手法では、鶏肉は膀胱で包まれたまま客席にサービスされ、その場で封を開けて芳香が立ち上るのを楽しみ、そのあとで切り分けられた肉の滋味を味わうという展開である。
膀胱は、いわば調理道具。現代なら耐熱性の紙で調理されるところだが、そのようなものが開発されるずーっと以前のこと。手近にあるもので工夫をした結果、生み出されたのが膀胱を利用した蒸し煮だったのだ。頑丈で大きくて(スーパーのレジ袋ほどもある!)、調理道具としては申し分のない機能。豚はサラミ、生ハム等々、あますところなく食べ尽くす家畜であることはよく知られるが、膀胱までも! しかも鶏料理に利用するとは、なんともたくましいフランス人の創造力である。

参考文献:
『Grande Enciclopedia Illustrata della Gastronomia』
(Selezione dal Reader’s Digest刊)、
イタリア料理の技法(柴田書店刊)、
『Larousse Gastronomique』(Larousse刊)


河合寛子=文・構成 虎尾隆=イラスト

本記事は雑誌料理王国第174号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第174号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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