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【レシピ付】7割もの「シグネチャー」がパリのどん底時代に生まれた。𠮷野建さん


仔イノシシのロゼ仕立て西洋ワサビのクリーム 季節野菜とハーブを添えて

「私のシグニチャーディッシュは、その7割がパリで誕生したもの。どの料理にもドラマがあるんだよ」

日本を代表する料理人であり、多くの優秀な「卒業生」を輩出する「𠮷野スクール」だが、90年代後半、日本人の魁としてパリにレストラン「ステラマリス」を開いた当初は辛いことの連続だったと言う。

契約トラブルをめぐる裁判、窃盗による大損害、日本人に対する偏見……。「日本人がパリでフランス料理店をやっていけるはずがない」とまで言われた。寛容な美食家たちは、「フランス人以上に腕の立つ実力派の料理人」と𠮷野建さんの存在を認めていたが、外国人であるが故の冷遇に悩まされる出来事は続いた。それでも𠮷野さんはパリに留まって、ガストロノミーとしてのシグニチャーディッシュを考え続けた。「アイディアというものは、店がつぶれるかどうかという崖っぷちに立った時に、生まれてくることが多いものだと思うよ――」

モダンクラシックのシグニチャーディッシュも

パリに店を開いたのは45歳の時だから、それ以前に日本で誕生したシグニチャーディッシュも多い。代表作「仔イノシシのロゼ仕立て西洋ワサビのクリーム季節野菜とハーブを添えて」は、𠮷野さんが30代前半にシェフを務めた「ロアラブッシュ」時代のもの。ポイントはイノシシの肉をロゼに仕上げることと、ソースに西洋ワサビを使ってアクセントを出すことだ。愛され続ける中、少しずつ進化もしている。「根菜の盛り付け方をモダンにし、ソースのキレもよくなっていると思います」。

また、日本人ならではの繊細さを活かしたシグニチャーディッシュとしては、「チリメンキャベツフォワグラ黒トリュフのテリーヌ」もある。フォワグラと相性の良いキャベツを1枚1枚ていねいに重ねてミルフィーユ状にしたもので、「器用な日本人だからできること。フランス人は苦手かもしれない」と笑う。

さらに𠮷野さんは、ジビエ料理の最難関と言われる野ウサギ料理「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」でも認められてスターシェフになった。その評価は、渡仏後も変わらず、「ステラマリス」のこの料理で、パリ一番の「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」を作る料理人に選出されたこともあった。さらに2007年1月には、フランスの「アカデミー・デュ・ジビエ」より、ディプロマ(公式証明書)が授与されている。

エスコフィエの記述などから新メニューのヒントを模索

しかし、ピンチをチャンスに変えたひと皿は、やはりパリで考案されている。そのひとつが、イノシシを使ったテリーヌだ。資金繰りに悩んでいた頃、馴染みの魚問屋からは仕入れを打ち切られ、肉についても上質なものは買えない状態が続いていた。それでも、𠮷野さんは「ゲストが喜ぶものを作りたい」という一心で厨房に立っていた。

そしてとうとう美食家たちを唸らせる絶品のテリーヌを完成させる。だが、高価なイノシシの肉を仕入れたわけではない。使った肉は、肉屋からただ同然で分けてもらったもの。しかし、この「イノシシのほほ肉のテリーヌ」も、やがてシグニチャーディッシュの仲間入りをする。「同じように、有機栽培農家からもらった雑草のオルティでスープを作ったら、〝日本人がフランス野菜を使いこなせるなんて……〟と驚かれたこともありました」。この頃、𠮷野シェフの中に渦巻いていた言葉は「テロワール」。追い込まれた中で生まれた「大地の料理」だった。「ウサギやイノシシなどのジビエだけでなく、店の看板になって一年中出せる料理はないかと、それは常に考えていました」

フランスの古い料理本をひも解いては、シグニチャーディッシュのヒントを探し続けていたのである。そんな中、目に留まったのが「、テット・ド・ヴォー」という仔牛の頭の煮込み料理だった。すでに忘れられた料理で、文献も不十分だったが、「これだ!」と直感した。𠮷野さんは、エスコフィエが残した記述などを手がかりに、見事にそれを完成させてしまった。その料理は、生涯の師であり、恩人でもあるジョエル・ロブション氏からも絶賛される。

ミシュランの星が取れずに焦っていた𠮷野さんを、「ミシュランの判断ミスだ」とまで言って励ましてくれたロブション氏に捧げる料理を作ったこともある。

「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤルとは違った素朴なウサギ料理でしたが、彼の口から〝完璧だ〟との言葉が出た時には、嬉しくて熱いものがこみ上げてきました」

それから15年、紆余曲折はあったものの、結局、𠮷野さんは星をつかみ、トップシェフの道を歩んでいる。「信念を込めたシグニチャーディッシュは必ず道を開いてくれる」と𠮷野さん。今年64歳になるシェフの中には、シグニチャーディッシュになりうる可能性の料理が、まだまだ詰まっていて、世に出る日をひそかに待っているのである。

【レシピ】仔イノシシのロゼ仕立て西洋ワサビのクリーム 季節野菜とハーブを添えて

やわらかくジューシーに焼き上げたイノシシの肉と、黒ダイコン、紅芯ダイコン、カブ、ニンジン、ビーツ等の付け合わせの根菜を、さわやかなソースがつなぐ。

材料(4人分)

仔イノシシ ロース肉…400g /ブイヨン・ド・ヴォライユ…600cc /生クリーム(乳脂38%)…150cc /レフォール…80g /牛乳…150cc /八角…1~2片/ハーブミックス…50g /サラダミックス…50g /黒ミニョネット…少々/根菜類(黒ダイコン 紅芯ダイコン、カブ、ニンジン、ビーツなど)…適量/ブーケガルニ…1束/塩…少々

作り方

  1. イノシシのロース肉をタコ糸でしばる。ブイヨン・ド・ヴォライユにブーケガルニを入れて70℃に温め、肉を入れて15 ~20分火を入れる。肉をラップで包み10分くらい保温する。
  2. 煮汁を1/5くらいまで煮つめる。
  3. 煮汁に生クリームを150cc加え、レフォールのラペも加えて5分ぐらいで火をとめる。シノワでパッセする。
  4. 根菜(黒ダイコン、紅芯ダイコン、カブ、ニンジン、ビーツなど)を2㎜くらい切り、ブランシールする。
  5. 盛り付けをする。皿に4の根菜を並べる。その上にイノシシの薄切りをのせ、泡のソースをかける。(泡のソースは、3に八角の風味をつけたソースに牛乳150㏄を加え、ハンドミキサーで泡を作る。)
  6. ソースの上からミニョネットをパラパラとふり、ハーブミックスとサラダミックスをのせる。

Tateru Yoshino
1952年、鹿児島県喜界島に生まれる。79年に渡仏し、ジョエル・ロブション率いる「ジャマン」等、数々の名店で修業を積む。再渡仏して97年、パリに「ステラ マリス」を開く(2006年、ミシュラン一ツ星獲得)。 03年より、東京で複数の店舗を展開。

上村久留美=取材、文 村川荘兵衛=撮影 

本記事は雑誌料理王国260号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は260号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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