陳建一さんは、中華の鉄人として名を馳せ、日本の四川料理を牽引するリーダーだ。現在もさまざまなメディアで活躍する。全国の農家からは、数えきれないほどの野菜が売り込まれる。そんな中で、陳さんが心を止めるのは、どのような野菜なのだろう。
「厨房で試しに使ってみるんです。理想の食感や味わいが実現できたとき、その野菜は自分の料理と相性が合うな、と実感します」と陳さん。「四川飯店ならではと言われる麻婆豆腐も、作り方や素材はときどきで変わってきたんです。中華名菜はレシピも固定的と思われがちですが、時代に合わせて常に進化しています。いつものメニューが、新しく出会った野菜でおいしく変身することは、往々にしてあります」
陳さんがこの日のデモンストレーションのために選んだのは、北海道十勝にある吉田農場の長芋「トロフィー」だ。吉田農場は、収穫量を第一とせず、適切な施肥と減農薬で畑に極力負担をかけないよう、野菜を健康的に栽培。長芋をはじめ、ジャガイモ、ゴボウなどの根菜類がおいしいことで有名だ。「この長芋、短めなんですよ」と陳さん。「扱いやすいよね。そんな些細なことも、忙しい厨房ではとても大事」。
繊維が固めできめ細やかなので、粘りが持続する。「あんかけにするといい感じに広がってくれる」と言う。まずは豆板醤や甜麺醤を、アツアツの中華鍋で熱して香りを開かせ、豚ひき肉やタケノコ、シイタケ、チキンスープなどを投入。すりおろした長芋を手早く加えて、素材の旨味を閉じ込めるようにまとめると、ぽってりとした〝あん〞ができ上がる。陳さんの言うとおり、この〝あん〞はちょうどよい粘りと広がりを持ち、ソーメンの1本1本に絶妙に絡み付く。口中での一体感も抜群で、長芋「トロフィー」の特徴が存分に活かされたひと品となった。
陳さんの下で赤坂四川飯店の料理長を務める鈴木広明さんは、吉田農場の、皮は赤く中身は黄色いジャガイモ「レッドムーン」を選んだ。そして十勝でハウス栽培を行う夢想農園のパクチーを組み合わせたひと品を披露した。「このパクチーは繊維質が少なくやわらかで、えぐみが少ない。今回のように刻んでたっぷりと和えたり、サラダにしたりすると本当においしい」と鈴木さん。通年、安定した品質で入手できるのも高ポイントだ。
「これからもいろいろな野菜と出会っていきたい。それが、歴史の重みに負けず、店のひとつひとつのメニューを生き生きさせ続ける秘訣なのです」
しっかりと辛いが、それと同じくらいしっかりとした旨味を感じる長芋あん。均一の5㎜角に刻んだタケノコと干しシイタケ、豚ひき肉やチキンスープのおいしさが、すりおろした長芋によって一体化し、ソーメンにぴたっと絡み付く。
豚ひき肉…100g/タケノコ…50g/乾シイタケ(もどす)…50g/長芋…50g/長ネギ、アサツキ…各適量/ソーメン…50g/水溶き片栗粉…小さじ1/油…適量
調味料
A【豆板醤…小さじ1/甜麺醤…小さじ1/チキンスープ…200㏄】/B【紹興酒…小さじ1/醤油…小さじ1/オイスターソース、コショウ、砂糖…各少々】/C【ラー油…小さじ1/ゴマ油…小さじ1】
赤い皮をむくと黄色い身が表れる「レッドムーン」には、炒めてもシャキシャキ感が残る適度な繊維と、栗のような甘味がある。やわらかな「サラダパクチー」をたっぷりと合わせることによって、いっそう香り高い前菜に。
ジャガイモ(細切り)…300g/パクチー(きざみ)…適量/ショウガ(きざみ)…3g/輪切りトウガラシ…適量/タカナ(きざみ)…65g
調味料
紹興酒…大さじ1/2 /塩、砂糖、昆布茶…各少々/藤椒油…少々(あれば)/油…適量
Kenichi Chin
1956年東京都生まれ。大学で学び、父・陳建民の経営するレストラン「赤坂四川飯店」で修業。数々のメディアや料理学校の講師として活躍する。現在は「スーツァンレストラン陳」「陳建一麻婆豆腐店」など十数店舗を経営する四川飯店グループの会長。
Hiroaki Suzuki
1964年静岡県生まれ。四川料理の第一人者・陳建民氏のもとで修業し、池袋の四川飯店の料理長を経て、2001年より赤坂四川飯店の料理長に就任。数々のメディアに登場し、その軽妙でやさしい語り口が人気を集めるほか、大学や料理教室の講師としても活躍する。
横田典子=取材、文 星野泰孝、大野利洋=撮影
本記事は雑誌料理王国248号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は248号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。