トロワグロを受け継ぐ二人(後編)「RAW」アンドレ・チャンと「エスキス」リオネル・ベカ、17年ぶりの「散歩」


フランス・ロアンヌの名門「トロワグロ」で若き日を過ごした二人のシェフが、17年の歳月をへて再会。「対話」をするかのように空白の時間を埋めてゆくコラボレーション。2人は今、どのように世界を見ているのかー。

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トロワグロのDNAと今いる風土を受け継いで

彼らは双子のように似ている。「結局、お互いの考えは一緒なんだ。ただその表現が違うだけ。料理も同じだね」そう答えるリオネルに、アンドレが深く頷く。インタビューの最中も、お互いがどのように思いを形にするのか、表現の「違い」を楽しんでいるのが感じられた。確かに、皿の上の表現方法にも、鮮やかな対照が見られる。例えば、「遺産、工芸、伝統」では、アンドレは台湾の伝統的な夏の味、ゴーヤを使ったおかゆを作ったが、ゴーヤの表面の自然な凹凸を生かしながらも、西洋的に、シンメトリーに規則性を持って並べている。

一方リオネルは、アジアの美意識にマッチする、アンシンメトリーなサザエの殻の中に、トロワグロのバランスを感じる酸味を生かした三つ葉とセリのクリームと、焼いたイカ、みる貝などの貝類を閉じ込めた。続く「風景、人生、要素」では、真っ白な皿に弾けそうな色彩を盛り込んだリオネルに対し、アンドレはグレーの皿に、ミルポワを焦がしたパウダーをかけて黒のモノトーンにまとめた。まるで、同じ根から生まれた2本の木が双樹のように補完しあって一つのコースを作っているような、そんな印象を覚えた。

III  風景、人生、要素

シェフは料理を作っているのではなく、料理がシェフを作っている。なぜなら料理を通して自分を発見しているのだから。(リオネル・ベカ)
塩味と言えば自分にとっては醤油。リオネルにとってはアンチョビ。概念を共有していても、最初に心に浮かぶものが違う。それが異なる表現になる。(アンドレ・チャン)
Lionel
キンキ、梅、花ズッキーニ
非対称の美を表現するリオネルだが、 この皿だけは別だ。全ての要素がシンプルに間隔を開けて、 自然に生えているかのように皿の上に置かれている。 生まれ育った南仏の太陽を思わせるような鮮やかな自然の色彩、 キンキの松笠焼、 その内臓とマイワシのピュレ、 加賀太きゅうりはディルやタラゴンと共にマリネしてある。花ズッキーニの花粉の味がサフランを想起させ、要素を分解したブイヤベースのような味わいに感じられた。
料理を見ると作った人が見える。この皿は自分のパーソナリティを隠して素材を前面に出した。アンドレもこのテーマの皿だけは個性を素材の裏に隠していた。何も打合せしていないのに同じ理解の仕方をしている。だからこの皿が一番気に入っている。自分たちの「対話」が一番表現できているから。(リオネル・ベカ)
Andre
軍鶏、黒大根のブリュレ、旨味
アンドレは要素を皿の中央にぎゅっとまとめ、 全ての色彩を炭のパウダーで覆い尽くした。 軍競の胸肉は、 塩を振ってから炭のオイルを塗り、 味を凝縮させた。 もも肉は香ばしくグリルしてある。 添えてあるのは黒大根のブリュレで、 味のポイントとなるのは「海と山の旨味」。 塩漬けイノシシ肉、 椎茸、 トマト、昆布、 干しイカなど、 標高の高い山から海まで、すぺての高度の味を一つの調味料にまとめた。

今、世界で日本を始めとするアジアのエッセンスが西洋料理に積極的に取り入れられている。アンドレは、「ただのトレンドではなく、それに込められた職人仕事の質に感銘したからアジアの食材を使う、ということであって欲しい」と前置きした上で、世界を飛び回って活躍するシェフらしく「今日シェフでいるということは、心に国境を持つべきではない。純粋に今いる場所にあるものを楽しむべきだ」と語った。リオネルは、「自分にとって、日本食材を使うのはトレンドではなくて、リアリティ。体が味噌汁を欲するから、フランスに帰省する時も味噌を持ち帰る。日本に自分の人生があるのだ」。だから、それが料理に反映されるのは自然なことなのだ、と。

Ⅳ 美と儚さ

Andre
愛玉、タマリロ、ホエイ
台湾固有の植物、 愛玉の種子のゼリーにはホエイを合わせて。 少し苦味のあるトマトを思わせるタマリロのシャーベットの下の薄い飴の上には、香りを添える乾燥した菩薇とジャスミン。台湾で親しまれている金木犀の花のシロップ、ぶどうとイチジクを添えて。
Lionel
小豆、カシス、発酵米
しっかりとした酸味のカシスのチュイルに麹で作った自家製の甘酒を使用したアイスクリーム。アクセントに添えた小豆のコンポートの隠し味には味噌を使用。お米の繊細な香りと透明感のある美しさを表現しつつ、日本独特の調味料をデザートに仕上げた一皿。

お互いをよく知る二人だからこそ、そのリアリティが対話になる。二人はすでに、「『RAW』でも、『エスキス』でもない、ニュートラルな場所で」の第三弾を検討中だ。
「世界はストレスに満ちている。人をもっと柔らかい気持ちにする料理を提供していきたい」というリオネルと、「『RAW』がオープンする前の台湾食材のように、過少評価されているものに光を当て、人々の価値観を変えていきたい」というアンドレ。信じる道をこれからもそれぞれに歩んでゆく二人だが、折に触れて自らの原点を省みる。そんな対話は、同じ魂を持つ二つの才能をさらなる高みに導く、原動力になっていくのだろう。

V 希望と懸念

Lionel

Andre

アマゾンカカオアーモンドバンケーキ
カスカラのキャンディ

食後の飲み物としてサーブされたのは、 発酵させて乾燥させたカスカラ(コーヒーの果肉)に、お茶と同じ手法で手もみして作ったコーヒーの葉を混ぜた「コーヒー豆を使わないコーヒー」。人の心を柔らかくする懐かしい味を、無骨なシューのようなふんわりとした「パンケーキ」にカカオをまぶしたリオネルに対し、カスカラのゼリーをオブラートに包み、未来的なプレゼンテーションで表現したアンドレ。最後の小菓子まで、世界観の表現の対比が楽しめた。

RAW ロー
No.301, Le Qun 3rd Road, Taipei City,Taiwan
+886-2-8501-5800
https://www.raw.com.tw/

Esquisse エスキス
東京都中央区銀座5丁目4-6
ロイヤルクリスタル銀座9F
TEL 03-5537-5580
12:00~13:00LO、18:00~20:30LO
日曜夜休(月曜日祝日の場合は月曜夜休)
https://www.esquissetokyo.com/


text 仲山今日子

記事は雑誌料理王国2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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