U23世代の料理の世界を目指す人に贈る酒とワインのコラム SAKE for U23


#3 教科書の1ページ目から始めなくていい(後編)

30代で、40代後半で、ともに年下の20代の女性にワインの楽しみ方や、ワインの学び方を教えてもらった。そんな話を前編で書きました。後編では、トップソムリエのお一人との対話から考えたこと、伝えたいことをつづります。

SAKE for U23 #2 教科書の1ページ目から始めなくていい(前編)
https://cuisine-kingdom.com/sakeforu23-2/

そのソムリエ氏との話のテーマはフランスの南西部ワインでした。ボルドーやブルゴーニュが教科書の1ページ的な扱いを受けるとすれば、おそらくアルザスやシャンパーニュ、ロワール、コート・デュ・ローヌ、そしてラングドックなどが続き、名前だけは地図上に記されていながら、解説はイタリアやドイツ、カリフォルニアや新世界があって、2巻目、3巻目以降に登場するかもしれません。それも、ワインではなくこのエリアの名産であるブランデー、「コニャック」、「アルマニャック」の紹介として。

南西部(シュッド・ウェスト)ワインは、フランスの最南西部、アキテーヌ地方とミディ・ピレネー地方にまたがるエリアで造られるワインです。地理、気候的にはピレネー山脈、地中海と大西洋、2つの海からの影響も受けます。中心都市はトゥールーズ。市内と都市圏をあわせて約100万人、フランスで5番目くらいの人口規模を持つ、エアバス社の本社があるなど航空・宇宙産業で有名な都市で、12〜13世紀頃に設立されたヨーロッパ最古の大学のひとつでもあるトゥールーズ大学があるなど高等教育の都でもあります。

スポーツ好きなら、ラグビーの強豪チームを思い浮かべるかもしれません。そして1998年、サッカー日本代表が初めて出場したワールドカップ・フランス大会のアルゼンチン戦の舞台として記憶されている場所でもあります。1998年…23歳世代にとっては生まれたばかりの出来事ですね。

依田佳子=撮影(料理王国第232号)より抜粋

そしてこのコラム的に見逃せないのは「ビストロ」の街であること。押さえておくべきスペシャリティは「フォワグラ」、「鴨のコンフィ」、そして「カスレ」。カスレはソーセージや肉と、白いんげん豆を煮込んだ料理ですが、これがスパイスと肉の旨みで複雑な滋味があるトゥールーズ産のソーセージであれば、また抜群の美味さ。そのほかにも鴨をはじめ、魅力的なビストロ料理の宝庫です。となれば必然的に、ビストロにあうワインの宝庫。

広義のテロワールで言えば、ワインはその地の文化、食生活と密接に結びつき、それらとの相性は必然的にあう、と言うより一体化。それは価格面でも現れます。うまいビストロ料理を思う存分食べ、ワインを飲むなら価格は低め。でもその地の料理に合う、邪魔しない、引き出しあうものとなります。実際、お隣のボルドーと比較してみればその価格帯の差は歴然。日本でもっと知られ、愛される条件の揃ったワインと言えます。

ソムリエ氏の話に戻ります。「日本のワイン好きの方に、デュラス(南西部のブドウ品種)のワインをおススメすると『マニアックだね』とおっしゃる。でも、南西部ではマニアックではなく、日常のワインなんですよね」。

 そう、確かに南西部のワイン、そのブドウ品種は多彩すぎてつかみどころがない。主要品種はどれも日本においては「マニアック」と称されるものでしょう。カベルネ・フラン、マルベックは、それでもまだ知られている方。コロンバール、デュラス、フェール・サルヴァドール、グロ・マンサン、ロワン・ド・ルイユ、モーザック、プリュヌラール、ネグレット、プティ・マンサン、タナ…ご存じですか?

勉強しなければいけないのか? いえ、もっと自然に構えましょう。日本のワイン愛好家にとって南西部ワインはマニアックだけれど、トゥールーズのビストロでは、デュラスもグロ・マンサンも「俺たちの、私たちのワイン」。
「甲州?知らねえよ。サンジョヴェーゼ?いいから、このワイン飲めよ。うまいから。ブドウ品種?なんか必要か?そういうの?おーい、ブドウなにこれ?あー。デュラスだってよ」。日本には日本の、イタリアにはイタリアの、ジョージアにはジョージアの、その土地の飾らないワインがあり、そのワインこそがローカルフードをより魅力的にしてくれます。

 南西部ワインを難解なパズルのように解く必要はありません。マニアックではない。マニアックにしているのはワインに対する知識です。品種を知るのはあくまでもヒントでいい。鴨のコンフィをつくるなら、その源流と真理を求める。その過程で南西部ワインに出会う。それが自然。あなたが求める料理の先に、隣に。そこからワインを知っていけばいい。そこにあるブドウやワインは、あなたの中では、そしてあなたのお客様にはマニアックなものではなく、スタンダード。

ジョージアの、トルコの、アルゼンチンの教科書の1ページにあるような地品種。それを私たちは「マニアックな品種」、「マイナー品種」と呼ぶ。冒涜とまでは言いませんが、もっと敬意を持っていい。あなたが目指す料理はなんでしょう? マンガリッツア豚にほれ込んでハンガリー料理店を出すならば、まずハンガリーワインを知ることから始めることになる。そうすればあなたの教科書の1ページ目は他の人の1ページ目とは違う。そこから、料理やサービスの関心を広げるとともに自分の教科書のページをめくっていく。自分の経験と進歩。ワインも歩調をあわせて広がり、深まっていくことでしょう。


プロフィール
岩瀬 大二
Daiji Iwase
ライター/酒旅ナビゲーター/MC
国内外2,000人以上のインタビューを通して行きついたのは、「すべての人生がロードムーヴィーでロックアルバム」。「お酒の向こう側の物語」「酒のある場での心地よいドラマ作り」を探求。シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長。シャンパーニュ騎士団認定オフィシエ。「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。ワインや酒に関する記事を専門誌、WEBマガジンにて執筆。MC/DJとして多数のイベントに出演。
当WEBにて、コラム:酒とワインの幸せを体感する場所と時間「ワインと酒を巡る冒険」も連載。


SNSでフォローする