幻の食材「ホヤ」に出会う 宮城漁師酒場 魚谷屋


ベテランと若手、それぞれに日々精進し、常に明日を目指して仕事をしている姿が、日本の飲食店の水準を高めているのだろう。

 それを痛感した月だった。ベテランでは、大阪「カハラ」の森義文さん、小倉「天寿し」天野功さん、若手では、函館「コルツ」の佐藤雄也さん、富山「ふじ居」の藤井寛徳さん、富山「ひまわり食堂」の田中穂積さんなど、常に革新しようとする意志が皿に満ちていた。中野の居酒屋「魚谷屋」の魚谷浩さんもまた、明日を常に考えている方である。ここで魚料理、特にホヤの刺身としゃぶしゃぶを食べて、愕然とした。

 ホヤには、まだ海の中で眠っているかのような純真さがあって、えぐみが一切ない。かすかに甘いエキスを滴らせながら、舌とからみあい、歯と踊る。細かく切られても、まだ命の気配があって胸をつく。

 しゃぶしゃぶにすると、色香は淡くなるが、甘みが増えて豊かな味になる。感動を口にすると、「僕らだけの力ではありません。このように整えてくれる漁師さんがいるからこそです」と、魚谷さんは言われた。

 関西の飲食店で働いていた魚谷さんは、2011年に独立を考えて店を辞めた。その時に震災が起きる。今は仕事に縛られず、料理もでき、体力もある。ボランティアには最適ではないかと思い、独立を止めて、宮城に行った。
 ところが2週間の予定が、結局4年間いることになった。その間に多くの漁師と仲良くなったことが、いまの店を始める結果となった。
「宮城のものだけでやろう。都内にいながら地域づくりをしようと思ったのです」

 定番メニューは置かず、宮城から常時送られる魚介と野菜、米、酒を、日々変化させながら品書きに載せている。さらには月に1回、宮城から漁師を呼んでイベントをしている。漁師が直接お客さんと話し、ともに乾杯してもらう。食べられ、喜ばれる現場を見て欲しい。そしてさらに良いものを提供してもらい、後継者作りにも活かしてほしい。その思いで始めたという。

ホヤの刺身
「ホヤ貝」と呼ばれることもあるが、ホヤは貝類ではなく、尾索動物の仲間。つまり、貝でも魚でもない。ホヤが体内にため込んだ「ホヤ水」の塩味によって、醤油をつけずにそのまま食べられる。
photos by Yuta Fukitsuka

 先のホヤも、一度獲ってから、静かな海に沈めてストレスを減らし、特殊な箱詰めで届けられ、漁師と料理人の二人の手にしか触れられていない。だから甘いのである。命の滴りがあるのである。
「でも、このようにしてくれる漁師は、二人しかいません。もっとできることはある」と、魚谷さんは考えている。
 宮城では今、「新3K」というテーマを掲げた漁師団体「フィッシャーマンジャパン」が発足している。今後の漁師の姿が「かっこいい、稼げる、革新的な」を目指すこの動きにも、魚谷さんは関わっている。「料理そのものは、船の上から始まっているのです」。そう言って目を輝かす、魚谷さんの挑戦は、まだ始まったばかりである。

宮城漁師酒場 魚谷屋
東京都中野区中野2-12-9 高田ビルB1階
03-6304-8455
● 17:00~23:30(22:30LO)
● 日・祝休
● 53席
http://uotaniya.fishermanjapan.com/


まっきー・まきもと
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオ、テレビ多数出演。2017年7月に山本益博・河田剛両氏との共著『東京とんかつ会議』(ぴあ)を発刊。写真左が魚谷さん、右が筆者。

本記事は雑誌料理王国第287号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第287号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする