焼肉屋は、極めて変わった形態の飲食店である。なぜなら、最終の調理を、お客さんの手にゆだねるからである。
優れた焼き肉屋というのは、その理をわきまえている。焼くのが上手な人も下手な人も、上手に焼けるように下処理をする。内臓が嫌いな人にも、食べやすいように味付けをする。
ところが最近、世間の焼肉屋の紹介を見ると「A5」、「熟成肉」、「ブランド牛」の文字ばかりが目につく。
もちろん仕入れも大事である。しかしその前に、下処理、部位ごとのうま味を生かす味付けや切り方に工夫することが、最も肝要なのである。
「ゆうじ」は、常に客本位で、焼肉屋としての要が貫かれている。だからこそ、東京で一、二を争う人気店となった。焼肉通が、通う店になった。
この地で30年。素人同然から始めた焼き肉屋だったが、店主の樋口祐師氏は、徹底的に物事を突き詰めなくては気が済まない職人である。「味の配分とバランスは何か。でもそれを知るためには、自分が焼肉を食べ込まないと、どのタイミングでどんな肉が食べたくなるか、箸が止まるかわからない」と、1日7軒もはしごして食べ歩いたという。
そして、好きなものを好きなタイミングで注文する食べ方もいいが、一方で焼肉を再構築してみた。焼肉料理を流れとして捉え、割烹のようなコースで出すようになっていった。
その中で、余計な味は押さえながら、それぞれの部位を生かす味付け、「タレ」の意味を考えていったのだ。
塩味が生きるタンは、醤油とレモンのタレ、醤油の香りと塩分、レモンの酸味で食べさせる。余計な甘さがあると、上タンでは脂のうま味を殺し、並はタレの味だけで食べているようになってしまう。
赤身と脂のおいしさがあるハツアブラは、内臓より肉として捉え、醤油、酒、味醂、スープのタレで。脂をおいしく食べるには甘さだが、内臓の脂は肉ほど重くないので、甘さを押さえたタレである。
ホルモンの繊維質と脂がバランスよく結合したギアラは、醤油8、混合味噌2の割合で混ぜたタレ。わずかな味噌の香りがギアラの味わいを生かす。
焼くとぱさつくセンマイの粘膜の中に、脂を秘めたヤンは、うまいが少し匂いがある。塩で入念に揉みこんで匂いを取るが、内臓嫌いの人はそれでも気になるかもしれないので、味噌を強めにした醤油2、味噌8割合のタレにする。
甘い脂のおいしさを楽しむコプチャンは、味噌を使うと脂が焼ける前に味噌が焦げるので、たまり醤油と水飴を酒で伸ばして煮詰めた甘辛いタレに仕上げる。「内臓好きな人なら塩でいい。でも内臓は嫌いというお客さんもいる。その人たちに、内臓のおいしさを感じてもらいたい。それぞれの内臓の良さをわかりやすく味わえるタレなんです」と、樋口氏は熱く語る。そう、彼は、あくまで客本位なのである。
右手前から左奥へ向かって、徐々にタレの味が濃くなっている。「この味付けはあくまで基本のものです。ここからアレンジを加えて、お客さまごとに調味しています」と樋口さん。
ゆうじ
Yuji
東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル 1F
03-3464-6448
● 19:00~23:30LO (土のみ18:30~)
● 日・祝休
● 35席
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京食のお作法』(文芸春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。写真右が著者、左は樋口さん。
絵鳩正志=撮影
本記事は雑誌料理王国第253号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第253号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。