いつか独立したい人へ贈る!予約がとれない店「中華菜 火ノ鳥」ができるまで


資金以上に重要なのは、独立後の詳細なイメージをリアルに持ち続けること

中国菜火ノ鳥 井上清彦さん

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アルバイトのベーカリーから洋食シェフを目指して専門学校へ

「それまで熱中したものが何もなかったんですよ。たまたまベーカリーのアルバイトで褒められて、パンを作ることが楽しくなって」

そう語るのは2015年に大阪・北浜にオープンしたのち、瞬く間に予約困難の人気店となった「中国菜火ノ鳥」のオーナーシェフ、井上さん。高校時代にアルバイトをしたベーカリーでの経験が、料理の道へと進むきっかけになった。「卒業後もベーカリーで働き、22歳で調理師専門学校へ進学。学校では洋食に興味をもち、アルバイト先に選んだ店も、いろいろな料理が作れそう、という理由で創作料理店でした」。

専門学校卒業後はそのまま創作料理店に洋食希望で就職。ある日、人手が足りないからと半年限定で中国料理部門に駆り出され、そのおもしろさに魅了されたという。

「鍋で料理を仕上げながら、作る人によって味がまったく違うことが楽しくて。この料理をもっと突き詰めたいと思って、そのまま中国料理部門に置いてもらい、とにかくいろいろな料理を作って覚えました」

そして、もっと本格的に中国料理を学びたいと考えた井上さんは、食べ歩きで出合った神戸の店に直談判し、就職。スタッフ全員が中国人という環境で、本場の味を学んだ。

将来の方向性を決定づけた将来の古典料理との出合い

新天地となった神戸の店では、スタッフとの日常会話は広東語。広東語以外はほぼ通じなかったこともあり、まずは調理場で必要な動詞を集中的に覚えたという。そして、井上さんが料理人として歩む方向性を決定づけたのが、この職場のスタッフから借りた一冊の古典料理の本だった。

「うちの看板メニューでもある百花鶏なんかもそうですが、古典料理にはスケールの大きさとアイデア、そして何よりも手間暇を惜しまないところが魅力で。夢中で勉強しましたね」

ますます中国料理の奥深さを知った井上さんは、さらなる見分を広めるため、京都・祇園にある北京料理中心の店に転職。「前菜ひとつとっても、広東料理と北京料理では、味付けも盛り付けも違っていて、新しい料理のジャンルや仕事を知れる楽しさがありました」。この頃には独立したいという意志も固まり、やがて中国料理の最高位・特級厨師の孫成順さんがオーナーシェフを務める東京・六本木の「中國名菜孫」や、そのお弟子さんが経営する「源烹輪」での修業を決意。「今の料理のスタイルは、ほとんどここで決まったようなものですね。店のベースとなる料理の知識はもちろん、仕事との向き合い方も、ここで学ばせてもらいました」。

コツコツ貯めたものは将来役立つ見る目と道具

東京に移った頃から、井上さんは本場の味を確かめるために、年に1度は必ず中国に足を運ぶようになった。また、独立した時に役立つ道具を揃えようと、月に2~3万円分ほどの茶器や器を買い求めることも欠かさなかったという。

「実際には、店では使えない茶器や器も多くありますが、毎年、毎月コツコツ続けていくことで、自分の夢が膨らんだり、イマジネーションが湧いたりする。それが将来店を持つことへのモチベーションにつながるので、お金を貯めていくこと以上に自分にとって役立ったことだと思います」

ほかにも、井上さんが修業時代に意識して行っていたことが、作れなくてもとにかく毎月のメニューを書いてみること。「メニューを書くことで、季節のことを考えるようになり、これまでと違うものを作るためにアレンジメニューを考えるようになる。そうすると、どんなオペレーションだったら作れるか、下準備はどうしようかなとか、とにかくいろんなことを考えなきゃならない。同じ修業でも、見たり聞いたりすることは何も考えなくてもできることですが、書くことは考えながらじゃないとできない。この『考える』という意識を持った時間の使い方が、何より大事だと思います」

国庫からの融資を受けて開業資金は1000万円

事業計画書をまとめて国庫から融資を受けた750万円と、自己資金250万円で開業準備をスタート。そのうち850万円を内装費として使い、残りでテーブルや椅子、調理器具などを揃えた。「自己資金は修業時代に貯めたお金。国庫から融資してもらうには、開業資金の3分の1程度の自己資金がなければいけないので、合計1000万円になる計算でした。資金の試算などは、インターネット上の無料でダウンロードができる表計算ソフトを使いながら、どうすれば収支が合うかシミュレーションをしました」。こうしたシミュレーションも、独立を現実的にイメージするために、ある程度前もって始めておくことが重要だと井上さんは話す。

そうして完成した店内は、和食の店を参考にし、ひとりでも回せるようにカウンターメイン。また、こだわりのファサードは、外から茶器が見えるように誂え、店名は誰でも読めて覚えやすく、中国料理っぽいという理由から「火ノ鳥」に決めた。オープンして3年半が過ぎた現在、常連客で連日賑わう店内。何度も通いたくなる店であり続けるために、井上さんは今も年に2度は中国へ足を運び、1~2週間ほど滞在しながら各地の伝統料理を学んでいる。

百花鶏
「中国菜 火ノ鳥」の看板メニューでもある、広東の四大名物のひとつ「百花鶏」は鶏の身を抜いた皮の中に、エビやサトイモと詰め肉用の鶏肉のすり身を詰め込んで蒸し焼いた料理だ。「百花鶏などの古典料理には、惜しみない手間とお金がかけられていることが魅力のひとつ」と井上さんは語る。「百花鶏」目当ての常連客も多く、現在、店では希望があればコースの一品として提供している。

白石亜矢子=取材、文 井原完祐=撮影

本記事は雑誌料理王国2018年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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