3Dフードプリンターは、すしの夢を見る


国内における3Dフードプリンターの先駆者、山形大学有機材料システムフロンティアセンター准教授の川上勝氏のラボでは、マグロの握りや、焼き鮭がプリントアウトされるという未来的な光景が展開している。現時点でできること、これからの課題を聞いた。

期待大の3Dフードプリンターに、できること、できないこと。

スマホをタップすると、画面上で選んだ食品の立体的なフォルムが目の前で形作られていく。箸を取り口に運ぶと、味や香りや食感は実物と見粉うばかり――そんなSFのような話を近い将来現実化できるのではないか、と期待を抱かずにいられないのが「3Dフードプリンター」だ。素材から食品を印刷するかのごとく立体的に造形する機器である。

 もともと工業分野では、3Dプリンターが登場していた。3Dデータに従い、樹脂などの素材を吐出して立体的に造形し、部品などを作る機器である。その素材を食べ物に応用したものが3Dフードプリンターだ。

 国内の3Dフードプリンター業界をけん引するのが山形大学である。最初は工業用の3Dプリンターを使い、樹脂で食品用の型を作成し、ゼリーを作るところからスタート。地元山形県の活性化に少しでもつながればという想いから、同県の名物や祭りにちなみ、型は鯉や雪灯篭、素材は米沢牛のコンソメスープなどである。その流れから3Dフードプリンターの研究に注力し始めた。

 3Dフードプリンターの研究はまだ初期段階であり、できることは限られている。同大学 川上勝准教授は現状を次のように話す。

 「現時点で可能なのは、すりつぶした食材に増粘剤を少量加えるなどして柔らかい素材を用意し、それをノズルから押し出して積み上げることです。複数のノズルを使ったり、チョコレートやクッキー生地ほどの硬さの素材も交えたりすれば、味や食感、見た目にさまざまな変化を付けられますよ。初めて作ったのはパンダのクッキーでした。ツートンカラーのかわいらしいパンダが数分ほどで姿を現しました」

マグロの握りもプリントアウト可能!?介護食をもっとおいしく楽しく。

 ビジネスレベルでの実用化が進んでいる領域が介護食だ。食品メーカーなどと共同で研究開発を進めている。従来の介護食は多くがペースト状であり、食欲をそそる食感や見た目を得るのは難しい。そこで3Dフードプリンターの出番だ。たとえば鮭料理なら、2つのノズルで2種類の素材を使い分けて、身の部分は柔らかく、皮の部分は少々硬くてしょっぱくて香ばしい“焼き鮭”を作ることができる。

 「見た目のみならず、味のばらつきや食感までも再現でき,しかも、より噛み応えある食感にできます。すると、おいしいに加え、高齢者の噛む力や飲み込む力の衰えの抑制にもつながります」

 他にもたとえば、本物のカボチャをすりつぶし、緑の皮とオレンジ色の身を分けた味や食感を再現したり、ニンジンを素材に、輪切りのニンジンを重ねた形状を作ったりした。さらには、すしや和食といった高齢者が喜ぶメニューを見た目で再現することも、介護食では需要が見込まれる。

 「レトルトでは調理後に時間が経ち、素材同士がなじみすぎて、味にメリハリがなくなりがちです。その点、3Dフードプリンターなら、食べる直前に出力できるので、そういった心配は不要です」

 3Dフードプリンターは実用化や普及に向け、課題がいくつか残っている。たとえば味の向上だ。

 「マグロの握り寿司を作った際、見た目はよいが、味はいまひとつでした。素材の味に関しては、私たちだけでは限界があるので、プロの料理人や食品メーカーの協力が得られれば、壁を突破できる可能性がグンと高まります。ご協力いただける方を広く募っています」

ハードウェアの面でも、さらなる進化に取り組んでいる。現在ノズルは2本だが、さらに増やして味や食感の幅を広げるなどの方法に加え、「プリンターのインクジェット技術を応用し、香りやオイルなどを吹き付ける機構を追加で搭載して、フレーバーもコントロール可能にします」といったアイデアも検討中だ。

 他にもコストが高い、カートリッジに充填する食材の準備に手間がかかる、見た目の再現度を高めると所要時間が大幅に増えるなどの課題が残っている。

まずは2025年の大阪万博に向けて。2030年には社会へ実装。

 それらの課題を解決し、進化していくとどうなるのか。川上氏は10年後までには、社会問題の解決に貢献できると予想する。

 「介護の領域では、介護の質向上や負荷軽減に役立つでしょう。たとえば在宅介護の現場で、高齢者個人の体調などに応じた味や食感や見た目の介護食が自宅で手軽に用意できるなどです。他の領域でも、フードロスの解消、被災現場での食事確保をはじめ、各種社会問題解決に貢献します」

 さらに数10年後には、人工肉や培養肉、昆虫食を材料とした食品を3Dフードプリンターで作るなど、他のフードテックとの組み合わせた活用も増えるだろう。

 川上氏らは現在、2025年大阪万博に向けて、3Dフードプリンターによる数十年後の食の姿の展示に取り掛かろうとしている。

 「介護食でなく一般食で、“未来レストラン”の展示を考えています。ロボットによる皿洗いや配膳など、他大学、他企業とも連携して食の未来像をお見せできればと思います」

 そして、3Dフードプリンターは大学以外でも、官民でさまざまな可能性が模索されている。その中には、すしの味や形状をデータ化し、遠隔地の3Dフードプリンターに送って作るなど、SF映画のワンシーンを彷彿させるようなアイデアも含まれている。

 このように3Dフードプリンターの進化が進み、価格もこなれれば、「一家に一台」の時代も訪れるだろう。そうなると、手料理はすたれてしまうのか?

 「シェフの熟練の技、家庭料理の温かさをはじめ、手料理の価値は今後も下がることはありません。3Dフードプリンターは調理の一部の手間軽減に用い、残りは手料理で行なうなど、両者は補完し合って共存していく関係です」

川上勝 先生
かわかみ・まさる
山形大学有機材料システムフロンティアセンタープロジェクト教員(准教授)。専門は生物物理学、構造生物学。神戸大学大学院修了、理学(博士)。3Dプリンターに早くから注目し、タンパク質分子模型の製作方法を開発。現在は、3Dフードプリンターの介護食への応用を研究している。

text 立山秀利

本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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