「私の思考は今AIとは正反対の方向を向いているので、AIは私の思考の外側にいる存在なんです」と前置きをして、野村友里さんは2015年に制作され、自らも関わったハリウッド映画の話をしてくれた。
「ロスト・エモーション(日本公開2017年)という映画は、人類滅亡の危機に瀕した近未来で、愛情や嫉妬といった感情を持つことを禁じられた世界の物語です。その中で、楽しみの象徴として、食事がキーになっていました。その料理を監修する機会をいただいたのです」
映画に関わりながら、こんな未来になったら自分はどうするだろうと考えた、と野村さんは言う。映画では、秩序を保つために、感情を持たない均一の人間を生み出したが、果たしてそれでいいのだろうか。
「オーガニックや有機は、虫が食べていたり、多少小さくてもそれに寄り添っていこう、力強く生きているほうが野菜にも人間にもいいよね、という考え方。私は、こちらの考え方を大切にしたいです」
料理は単に、腹を満たすものではない。尊い命をいただき、還元していくものであり、生と死の接点、エネルギーの交換でもあるのではないかと、野村さんは考えている。
「料理人ならおいしいだけでなく、食べてくれる人の心と体を満たす料理を作り続けたいですね」
お味噌汁は、加減がいちばん出せる料理だと思うんです。レストランは生産者を知ってもらう場でもある、と私は思っています。その意味でも、お味噌汁は許容量がすごく大きいので、料理として使いやすいという側面もあります。食材も選ばないし、残りものでもいい。海のものでも山のものでもおいしい。味の濃さ、薄さでいろいろ変化させられるし、さまざまな景色を見せてくれます。
それに、味噌は発酵食品で、人間がコントロールできないという点も、すごく好きです。なりゆき任せがいい。お店で作るときは、意外性だったり、見た目のキレイさだったり、どこかよそゆきな部分が先に立つけれど、家ではホッとできる料理がいいです。「完ぺきじゃない料理」と言う感じかな。お味噌汁は塩梅によって、肩の力が抜けた料理にもなります。
そんな柔軟性の高い料理こそ、いつまでも残しておきたいですよね。
お店と家庭では話は違ってきますけれど、お店だったら、やはり皿洗いなどを手伝ってくれたら嬉しいですよね。でも、私の母は、お客さまや家族との楽しかった時間の気配が残っているなかで、皿を洗っている時に至福を感じる、というタイプだったので、皿洗いを肩代わりしてくれる存在が世の中に本当に必要かというと、果たしてそうかな、と思ってしまいます。感じ方ひとつですよね。
皿洗いをしているときに新しい発想がわいてきたり、機械に任せず自分でやったことでわかってくることもあります。
ゴミ処理などは、機械がやってくれればありがたいけれど、機械がやってくれるからと無秩序になんでもポンポン捨ててしまうような世の中になるのは嫌だな、と思います。
無言で何でもやってくれるのではなく、人間にとって大切なことを意識させてくれるようなAIだったらいいですよね。
料理人の役割は、食材と食べる人の間をとりもつことだと思っています。
「おいしいって何だろう」と考え初めていた2017年12月に、「食の鼓動」という展覧会を開催する機会に恵まれました。その関連で北海道の根室まで行き、極寒の季節に、食べるものも乏しく、木の幹を食べて生をつなぐ鹿を撃って、その肉をいただいた。血なまぐさいんだけれど美しくて、火を入れるとおいしさに変わり、生と死が合わさって、「いただきます、あなた(鹿)の命を私はとり入れます」ということが「食べる」ということなんだ、と改めて感じました。野生の鹿のエネルギーは、食用に育てられた生き物とは比べものにならないくらい強く、激しい。それは、数字では決して表せないものだと思います。
そんな食材のエネルギーを受けとって、食べる人につなげることができる料理人って、すごいと思います。こんな素敵な仕事は、AIに奪われたくないですよね。
eatrip
イートリップ
東京都渋谷区神宮前6-31-10
6-31-10, Jingumae, Shibuya-ku Tokyo
☎03-3409-4002
● 11:30~14:00LO(土のみ) 18:00~23:00LO 日・祝は11:30~15:30LO
● 月休
● 30席
http://restaurant-eatrip.com/
山内章子=取材、文 富貴塚悠太=撮影
本記事は雑誌料理王国第291号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第291号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。