かつて年間500食ものカレーを食べ歩いていたという「カレーのOS」水野仁輔。しかし食べ歩きをやめてから早7 年。今でも定期的に訪れているのは、5 軒のカレー専門店だけだという。
どうして食べ歩きをやめたのか? なぜその店なのか?
そんな問いに対して「今でも通っている5 軒は、日本のオリジナルのカレーの姿を確認できる店だからです」と水野氏。今回の取材をとおしてそれぞれの店主に話を聞くと、「カレーのOS」水野仁輔のカレーに対する向き合い方が見えてきた。
いったい東京にはどれだけのカレー専門店があるのだろう。いわゆるカレーライスを提供する店から、南北インド、欧州、ネパール、スリランカ、タイ……とさまざまな系統の店が存在する。近年は「スパイスカレー」というジャンルも確立されつつあるし、新店も続々とオープンしている。そんなあまたある店の中で、「カレーのOS」が今も定期的に通っている店。それがこの5軒だ。
「ムルギー」「デリー」「ピキヌー」「ブレイクス」「共栄堂」。いわずと知れた名店だがでもなぜこの5軒? いや、その前にどうしてライフワークであったカレーの食べ歩きをやめてしまったのか。
「カレーの食べ歩きは7年くらい前に卒業しました。おいしいカレーをつくるための探求はもちろんいまも続けていますが、そのためのヒントやアイデアをカレー専門店以外のところから得られるようになってきたからというのが理由です。他ジャンルの料理はもちろん、音楽とか映画とか」
すでにカレー専門店から吸収すべきことは、すべて吸収したということなのだろうか。だとしたら、なおさら疑問が深まる。どうして世間的に評価も定まり、自身も知り尽くしているはずの老舗5軒にだけは通い続けるのか。
その問いの核心に踏み込む前に、「カレーのOS」が定点観測しているメニューを紹介していく。読者の皆さんもカレーの味わいを想像しながら、なぜこの5軒に通い続けるのだろうかと思いをめぐらせてみてほしい。少し遠回りになるが、そのほうがずっと理解が深まるはずである。
まずは1951年に創業した渋谷のムルギーだ。ここで選ぶのは定番の「玉子入りムルギーカリー」。このカレーを「カレーのOS」は「滋味深い味わい」という。「さらっとしたソースにチャツネを溶かしながら食べる喜びはこのうえない」と続ける。
ムルギー
東京都渋谷区道玄坂2-19-2
TEL 03-3461-8809
11:30 ~ 15:00
金・祝日休(季節休あり)
1956年に上野の地で創業した「デリー」では、「インドカレー」を贔屓にしているそうだ。これは意外に感じる向きもあるだろう。同店の人気は「カシミールカレー」と「コルマカレー」に二分されているからだ。ただ、「カレーのOS」はもっとも歴史のあるメニューである「インド」を推す。いわく「カシミールは辛さが、コルマはうま味がきわ立っている。でも今日食べて、また明日食べたくなるようなしみじみとしたおいしさを感じられるのがインドカレーなんです」。このコメントから「カレーのOS」が目指すカレーの方向性が、だいぶ見えてきたのではないだろうか。
デリー 上野店
東京都文京区湯島3-42-2
TEL 03-3831-7311
11:50~21:30 L.O
無休
「ピキヌーで食べるカレーは?」という問いには少し迷ったようだった。同店は早稲田の「メーヤウ」(現在閉店)で店長を務めた山口茂氏が93年に独立。99年にいまの駒沢に移転したタイカレー専門店である。ピキヌーには水野家の兄妹で訪れることが常で、その際は「カントリーカリー」「パネンカリー」「アロイ」(月替わり商品)をシェアして食べることが多いそうだ。それでも「やっ ぱりカントリー」とのこと。ゴボウでとった出汁を使ったこのカレーもまた、「滋味深い」という表現がぴったりである。
「もはやこれはタイカレーではないんですよ。日本人である店主の味覚を大事にされているんです」と評している。「日本のカレーライス」に思い入れがある「カレーのOS」には、共鳴するところがあるに違いない。思えばムルギーにしても、デリーにしても、日本人の味覚に合わせて考案されたものだ。
ピキヌー
東京都世田谷区駒沢1-4-10
TEL 03-3422-7702
11:30~15:00 18:00~21:00 L.O
土日祝は12:00~15:00 18:00~21:00 20:45 L.O
火水休
後編に続く
text 石田哲大 photo 八田政玄、sono bean
記事は雑誌料理王国第310号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第310号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。