近ごろ自宅で過ごす時間が増えて、お菓子づくりを始めた方、これから始めたい方も多いはず。一方で「プロのお菓子教室に通いたいけれど集まるのは不安」「お菓子づくりは難しそう」といった声も聞こえてくる。
そんな方たちの背中を押すべく、料理王国では、お菓子のレシピ動画の配信をスタート! 教えてくれるのは、清澄白河の人気パティスリー「EN VEDETTE(アンヴデット)」のオーナーパティシエ森大祐さんだ。動画をご覧いただく前に“日本のフランス菓子界を担う存在”といわれる森さんの人柄や仕事論をお届けする。
森大祐さん
1978年岐阜県生まれ。2016年10月、清澄白河に、自身がオーナーパティシエを務めるフランス菓子店「アンヴデット」をオープンし、渋谷スクランブルスクエアにも出店。修業時代は東京で「ロイスダール」「グランド ハイアット東京」「パティスリーSAKURA」、パリで「ローラン・デュシェンヌ」「モワザン」に勤務。国際大会での受賞歴も多数。
この日は動画レシピの収録日。撮影に密着しながら、合間にインタビューも行なうことに。颯爽と現場にあらわれた森さんは、にこやかに世間話をしながら、爽やかな白いコックコートを身にまとった。撮影が始まり、キッチンに立つと、真剣な表情で手際良く作業を進めていく。焼きの待ち時間には、最近の気になる話題をざっくばらんに話してくれたり、焼き上がったばかりのクッキーを「食感が面白いから食べてみて!」と自ら運んできてくれたり。開始数十分で、森さんのチャーミングな人柄が伝わってきた。
——森さんは数々の有名店で修業をされて、国際大会でも名だたる成績を収められていますよね。第一線で活躍し続けていて、ストイックなお人柄かと思きや、立場や年齢関係なくフラットに接してくださるのが印象的でした。普段からこのようなスタンスなのですか?
「変わらずこんな感じですよ(笑)。自分のお店でも、後輩たちに対して、理由なしに怒ることはありません。僕が修行をしていた時代って、正解でも不正解でも、何をやっても怒られたんですよね。それは理不尽だと思うから、自分はやらないようにしようと。ただ注意すべきところはきちんと言う。僕と同世代のパティシエたちはそういうスタンスの人が多いと思います」
——修業時代に感じていたことを実践しているのですね。修業といえば、28歳でフランスに渡り、いきなりM .O.F(最優秀職人賞)を持つローラン・デュシェンヌ氏のもとで働かれたそうですが、どのようにしてチャンスを掴んだのですか?
「完全に突撃訪問でした。履歴書を用意して、翻訳機で調べた『ここで働きたい』の一文を紙に書いて、スタッフに渡しました。するとローラン・デュシェンヌ本人が出てきてくださって、一枚のメモを渡されたんです。フランス語がわからないから家に帰って調べると『明日から来てくれ』と。心の準備もできていないまま、次の日から厨房に立っていました。
働いてみて驚いたのが、同じ厨房にいて同じものを作っているのに、人によってアプローチ方法が違うことです。同僚に『そのやり方は間違っていないか』と声をかけると『大丈夫、出来上がりは同じだから』と言うんですよね。一見作業が雑で統一感がないように思えるのですが、それぞれがどこかで帳尻を合わせていて、見事に結果は統一されている。日本人は考えが硬直しているのだと勉強になりました。自分でも、以前から『この作業は無駄では?』と疑問に思っていた行程を省いてみるなど、工夫するようになりました」
——フランスでは柔軟性を磨かれたのですね。ちなみにご自身が後輩を指導するときに意識されていることはありますか?
「後輩に初めての仕事を与えるときは、『まずYouTubeを見てきて』と言います。例えば初めてパン作りを教えるとき、プロでもアマチュアでもいいから、パン作りの動画を見ておいてねと。教科書より動画の方が理解しやすいし、動画で予習してベースを頭に入れた上で、僕のやり方を学んだ方が、違いがわかりやすいと思うんです。最近の子はうらやましいですよ。僕が20代のころは、パソコンで画像ひとつ見ようにも、今とはインターネットの接続環境が違ってものすごく時間がかかったんですから……。時代を逆手に取って、便利なツールはどんどん使うべきです」
——森さんがYouTubeを活用されているとは! 「EN VEDETTE(アンヴデット)」では若い世代のパティシエも多く働かれているのですか?
「そうですね。特に新卒の子は毎年採用しています。いま来春就職組の選考を進めているんですが、先日驚いたことがありました。面接に来た子が、なんと15歳の中学生だったんです。スーツケースを引っ張って、わざわざ大阪から僕の店で働きたいと。なんだかグッと来ちゃいました。『お代はいらないからケーキ食べていって』なんて言っちゃいましたよ」
——パティシエを目指す若い子たちにとって、森さんは憧れの的でしょうね。そもそもご自身がお菓子に興味を持ったきっかけは? パティシエを目指したのはなぜですか?
「実家が洋菓子屋さんなんです。お菓子は常に身近にありました。幼いころ、家の冷蔵庫には、いつも父が作ったケーキが入っていて。ショートケーキ、モンブラン、プリン、ムース、チョコレート……、もう駄菓子感覚というか、普通のおやつとして毎日食べていました。当時は当たり前でしたが、今思うと贅沢ですよね。そんな環境で育ったので、自然とパティシエを目指していました。幼少期から様々な味覚の経験を積んだ分、多様な食材の特徴や長所が分かるという点で、今に生きている気がします」
——お店のスペシャリテ「EN VEDETTE」は、「松の実」のペーストが使われていて、ケーキの素材としては珍しいですよね。持ち前の味覚の幅広さを生かして、色々な素材を試されたのでしょうか?
「自分の店を開く前に、豊洲の『パティスリーSAKURA』でシェフパティシエをしていたとき、お菓子にバジルやマスタード、スパイスなど、ユニークな食材を積極的に採り入れてみたんです。そこで日本人が手に取りやすいのは、やっぱり普段から親しみのある食材を使った商品だと学びました。そこで『EN VEDETTE』では、馴染みはあるけどケーキには使われない食材をあえて落とし込もうと、松の実を使うことにしたんです。しかし、いざ松の実をペースト状にしてみると、香りが強すぎる。それを逆手にとって、うま味に変えようと、ガナッシュに混ぜ込んだり、アルコールの量を調整したり、試行錯誤しました。大変な作業でしたけれど、味がバチッと決まったときはうれしかったです。ものづくりの醍醐味ですね。ちなみにこのお店で一番最初に完成したケーキです」
——ひとつのケーキの中に、今までの経験と、様々な試行錯誤が詰め込まれているのですね。そういえば先ほど、動画レシピ第1弾のクッキーをいただきましたが、予想以上にサクサクした食感で、歯ざわりが良くて驚きました。何か秘密があるんですか?
「あの食感を出すために、砂糖の配合を工夫しています。実はお菓子のレシピって、昔から変わらず律儀に引き継がれているケースが多いんですよ。でもそこに疑問を持って、材料の配合を変えてみたり、混ぜる時間を数秒単位で調整してみたり、どうしたらさらにおいしくなるか試行錯誤するのも僕たちの仕事だと思います。今回ご紹介するレシピにも、僕の工夫を込めていますから、楽しみにしていてくださいね」
レシピ動画第1弾は、8月25日に「クリームブリュレ」を配信予定です。皆様どうぞお楽しみに!
EN VEDETTE(アンヴデット)本店東京都江東区三好2-1-3
TEL 03-5809-9402
10:00~19:30(日曜は~19:00)
水休み
http://envedette.jp/
text =笹木菜々子