料理には、味だけでなく視覚的な美しさや香りが欠かせない。その香りの演出のために、今、スパイスに関心をもつ料理人が増えている。これまで海外のスパイスとは縁のなかった日本酒や和食とのコラボも進んでいるのだ。そんなブームの火付け役であり、日印混合料理集団「東京スパイス番長」のメンバーでもあるシャンカール・ノグチさんに、辛みを中心に、初心者でもわかるスパイス使いについてアドバイスしてもらった。
こう語るノグチさん自身、いつもスパイスのある環境にあった。生まれ育ったのは東京だが、インド人を祖父にもち、「食卓に和食のおかずが並ぶ日でも、締めには豆カレーとチャパティが出てくるんですね」と幼い日を振り返る。自然とスパイスの奥深さにハマり、気づいたら、インドのスパイスを扱う輸入会社の3代目を継いでいた。ノグチさんの仕事用のキッチンにも多くのスパイスが揃う。「スパイスの特徴は、何といっても個性的な香り。だからインドの人たちは香りに非常に敏感で、香りを嗅げば、料理がおいしく仕上がったかどうかがわかるんです」。
スパイスの数も組み合わせも無限。どこから始めたらよいのか。「最初は『コリアンダー』『フェンネル』『クミン』の3種から揃えましょう。基本的にコリアンダーは野菜、フェンネルは魚、クミンは肉に合うと覚えてください」
3種のスパイスは、いずれも辛みと相性がよい。「辛み」をつけたい時には、これにチリやブラックペッパーなどを足してみる。チリにも、鮮やかな赤色のわりには刺激の弱いカシミリチリや、辛みの強いデジャチリなどがある。それぞれを試したり、またミックスしてもみてもよい。
ちなみに、コリアンダーとクミンに、ターメリックとチリを加えたらカレースパイスが完成する。
辛みスパイスを混ぜたあと、風味を加えたかったら「おすすめはクローブ。これも3種のスパイスと好相性です」。次からはやや応用編。甘味のあるシナモンを使ってみる。「シナモンには独特の香りがあるので、何にでも合うというわけにはいきませんが、自分の感性や好みで合うか合わないかを判断し、合うとなれば、どのくらいが適量なのかを考えながら試してみましょう」
パクチーの種を乾燥させたものだが、パクチーの葉ほどのクセはなく、柑橘系のさわやかな風味と、ほどよい苦味が特徴。野菜と合わせると野菜の甘味や旨味などを引き立てるので、炒め物にも煮込み料理にも使え、煮込むととろみがつく。辛みスパイスはもちろん、ほかのスパイスの邪魔をしないので、いろいろなスパイスと組み合わせて楽しめる。「調和のスパイス」とも言われているので、辛みがきつくなりすぎたとか、また全体的に味がまとまらないという時には、コリアンダーを多めにするとバランスのとれた味わいになる。
ウイキョウを乾燥させたもので、カレー作りの際、クミンとともに使われるスパイスだが、すっきりとした香りは魚介類の料理によく合う。クミンのように強い香りのものは単体でも使えるが、フェンネルの場合、単体では少し風味に欠けるので、他のスパイスと合わせて使う。「辛み」と合わせる場合、辛みが強すぎるとフェンネル自体の香りが損なわれかねないので、マスタードシードやフェネグリークシードなどと合わせて、少しピリッとする程度にしておく。フェンネルの香りをきかせると後味もすっきりとする。
独特の強い香りには香ばしさとわずかな苦味もあり、ひとふりするだけでエスニックな風味を堪能できるために使いやすく、日本でも人気の高いスパイスのひとつだ。カレーパウダーの主要調味料であり、単体でも、またほかのスパイスと合わせても楽しめる万能スパイスは、肉料理との相性がよい。辛みスパイスともよく合い、個性的な香りゆえに、強い辛みにも負けない。インドでは薬効も認められていて、下痢やお腹の張り、消化不良などの不快な症状を改善する目的で料理に用いられることもある。
スパイスの香りを活かしきるには、使うタイミングが大事。「下準備」「調理中」「食べる時」の3つのタイミングがあり、調理中についても、「はじめのスパイス」「2度目のスパイス」「仕上げのスパイス」と使い分ける。
下準備に使う
食材にスパイスの香りをしみ込ませるのが目的。たとえば食材にブラックペッパーなどをふったり、スパイスを入れたマリネ液に食材を漬け込んだりする。ターメリックのように、もみ込むことで殺菌効果が期待できるスパイスもある。
調理中に使う
調理中にスパイスを使うタイミングは、調理の最初の「はじめのスパイス」と、調理途中の「2度目のスパイス」、調理の最後にかける「仕上げのスパイス」に分けられ、それぞれ使う目的が異なる。
食べる最中に使う
乾燥させて水分を抜いたドライスパイスは、加熱して香りを出して使うのが普通だが、香りや辛みのあるペッパー類は、パウダー状であれば食べる直前や、食べている最中の「味変」として使うことができる。
コリアンダーは野菜の味を際立たせるスパイス。たとえば、野菜カレーを作る場合は、野菜をよく炒めて甘味を十分に出してからコリアンダーをふる。ブラックペッパーの辛みを活かしたスープを作る際にも、タマネギなどの野菜をしんなりするまで炒めてからコリアンダーを。調和のスパイスとされるコリアンダーは、多少多めに使っても失敗がないので、初心者にも安心だ。 野菜料理にコリアンダーを用いる場合、相性のよいスパイスは、「レッドチリ」「カシミリチリ「」ターメリック「」カスリメティ(メープルシロップのような甘い香りが特徴。少量で味に深みが出る)」など。「カスリメティ」以外のスパイスはほとんど2度目のスパイスとして用い、「カスリメティ」のみ、仕上げに。
さわやかさとほどよい甘味が特徴で魚介類との相性がよいフェンネルは、フィッシュカレーや魚のソテーなどに。はじめのスパイスに使う例としては、ホールのまま、クミン、ブラウンマスタード、フェネグリークとマスタードオイルの中に入れて加熱。さまざまな料理に合う香り豊かなオイルになる。
2度目のスパイスとして用いる時は、スパイスクラッシャーなどでたたき、コリアンダー、レッドチリ、カシミリチリなどと組み合わせて使う。魚だけでなく野菜や、また酸味との相性もよい。フェンネルを入れて炒めたキャベツに塩とレモン汁を入れるだけで、ひと味違うキャベツ炒めの完成。また、フェンネルには、消化を助ける働きもあるとされている。
強い香りと濃厚な味わいで、まさに「スパイシー」という表現がピッタリのクミン。肉との相性が抜群で、脂の多い肩ロースのグリルや、羊肉の料理に欠かせない。アラブ諸国やトルコではひき肉料理、北アフリカではソーセージやクスクス、スペインではシチューなどに。
インドでは、野菜料理にもよく使われ、ホウレンソウのカッテージチーズカレーに入れたりする。あらびきにしてナス料理に加えるとかんだ時の風味が格別なひと皿に。ジャガイモ料理の香りづけにも使われ、日本の肉ジャガにひとふりするとエスニック風味になる。
辛みをきかせてキーマカレーやラムカレーに仕立てたい場合は、2度目のスパイスの組み合わせを参考に、コリアンダー、ターメリック、レッドチリなとど合わせる。
上村久留美=取材、文 富貴塚悠太=撮影
text by Kurumi Kamimura photos by Yuta Fukitsuka