ラ・ヴァレンヌの『フランスの料理人』を皮切りに多くの近代料理書が発刊された時代。
ルセットを見ると料理の作り方や求める味わいが、現在のフランス料理と非常に似通っていることがわかる。
「おいしさ」に対する感覚が現代人にかなり近づき、近代フランス料理のベースが築かれたともいえるのが17世紀である、ラ・ヴァレンヌが1651年に出版した『フランスの料理人』のルセットは、現代のフランス料理にかなり近い。まず希少性の薄れた香辛料が後退し、ハーブ類を使うようになっている。トリュフや、ローマ時代以降、影を潜めていたフォワグラなども復活した。
また、野菜やキノコの使用量が増え、素材の味わいを尊重する考え方が出てきたと同時に、食材の旨味を活用する技法が登場している。
『フランスの料理人』では、最初にブイヨンの製法にページを割き、これまで宮廷料理では使われていなかったブイヨンで素材を煮込む技法を紹介している。そして、この味の溶け込んだ煮汁に、バターや小麦粉、あるいは卵黄を加え、液体になめらかさととろみをつけて「ソース」とした。ビネガーなどに香辛料を加えてソースを作っていた前の時代と比べると大きく異なる。
このようにブイヨンなどをあらかじめ仕込んでおいて、そこに素材を加えてひと皿に仕立てていく調理の段取りも、現代のフランス料理の技法のベースとなっている。
「とにかくおもしろかった」とシェフの高田裕介さん。「ラ・ヴァレンヌの仕事をたどるだけでも刺激的。ただフランス語のルセットを読み解きながら、言葉足らずな部分を想像と知識で補う作業が難航しました」。
高田さんは、当時のフリカッセは、フライパンで焼くソテーのような調理法だったのではないか、という結論を導き出した。一方、自身のフリカッセは、現代の定義どおり白く仕上げた。肝心の火入れが異なるため、同じ材料と工程でも、食感や香ばしさなど、仕上がりに随分と差が出た。
そして何といっても目を引くのが鶏胸肉の鮮やかな緑色だ。が、これは香草のピュレとブイヨンを合わせたもので、味の構造はラ・ヴァレンヌのルセットと変わらない。モモ肉は生の香草を巻き込み、クローブをのせる。ソースは卵黄にブイヨンとクローブの粉末を加えて泡立てる。モンテは鶏の油で。最後に焦がした鶏皮を散らし、ラ・ヴァレンヌの野性味を洗練させた新たな料理となった。古典を大切にしつつ、現代の技法もこだわりなく取り入れたいという高田さん。まさに換骨奪胎、軽快にアレンジされたひと皿は、ラ・ヴァレンヌの仕事を損なわずに、高田さんの想いも表現し尽くしている。
ラ・ヴァレンヌ La Varenne 17世紀
17世紀、ブルゴーニュのデュクセル侯爵に仕えた料理人がラ・ヴァレンヌだが、彼を有名にしたのは料理書『フランスの料理人』である。この著書は1651年に、デュクセル侯爵に捧げられている。みごとにまとめられた解説と明快なルセットが人気を集め、8版を重ねてイタリア語にも翻訳された。この書物によって、タイユヴ ァン以降、停滞していたフランス料理書の発刊が次々となされるようになり、料理文化の再生を促した『。フランスの料理人』のなかには、肉や野菜を煮出してベースを作り、それを使って料理を組み立てるといった、現代のフランス料理にも通じるテクニックが見られる。
text:Yukako Ito, Aki Fujita /photo:Ichiro Nakanishi
本記事は雑誌料理王国第209号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第209号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。