見慣れた食材の形を変え、驚きを与えたい「ラ シーム」高田裕介さん


2015年10月、ミシュラン二ツ星に昇格し、「大阪でもっとも注目すべきモダンフレンチ」となった「ラシーム」。今年2月には店舗を全面的に改装。グランメゾンへの階段を上った。オーナーシェフの高田裕介さんの「30代の挑戦」とは――。

自分のスタイルに固執しすぎず、チームの力で伝統を継承する。

ラ シーム 高田裕介さん

「ラシーム」の高田裕介さんは、1977年6月生まれ。今年で39歳になる。「30代といってもほぼ40ですから」と言いながらも、「僕らの世代のフランス料理人は、『フランス料理のおいしさ』を知る最後の世代ではないかと思います」と話す。「フランス料理のおいしさ」とは何か。それは「味とコクだ」。バターをしっかり使い、肉の焼ける香りや、素材の旨味を凝縮させる伝統的な調理法によるフランス料理の醍醐味。

高田さんがフランスで修業した2007年頃には、まだ「フランス料理のおいしさ」を伝える店やシェフが確実に残っていた。

「味覚は記憶だ、と思うんです。味覚は、個人の習慣や生活、生まれた土地によって変わってくる。だから、その人のオリジナリティや個性が料理に現れる」と言い、世代による味覚の差が生まれるのも当然だと高田さんは言う。だとすれば、フランス料理の伝統や味わいを知らいない世代が、生まれる可能性もある――。「そうなんです。『ラシーム』は、フランス料理店を名乗っている以上、フランス料理をどこかへ繋いでいかないといけない、というのが、僕の想いです。今年2月に店を改装したのも、それがあったからなんです」

オープン当初からあるカウンターキッチンはそのまま。エプロン姿の高田さんが立つ。

レストラン経営者としてシェフの自我とどう向き合うか

10年3月、「ラシーム」は、現在と同じ大阪・本町のビジネス街にオープンした。高田さんは32歳。フランス帰りの気鋭のシェフの新店とあって、注目度は高かった。

ダイニングには、大きな長テーブル。どの卓にもテーブルクロスはない。レストランでもビストロでもない独自の空間。料理は、昼は地方料理をテーマにしたコース1本、夜はアラカルトのみ。当時の大阪ではほとんどないスタイルだった。

「海外のものを日本に持ってきて紹介する。それも僕たちの仕事だと思います。だから、今フランスで何が起きているのかは、常に注視しています」。当時、フランスのレストランには、コペンハーゲンの「ノーマ」の影響がすでに現れていた。

「料理だけではなくて、その空間やシチュエーションがレストランに求められるようになる。それが、次のステップだと思っていました。料理に力を入れながらも、空間はラフ。そんな店にしたかったんです」

今でこそ「ノーマのスタイル」は、当たり前になったが、当初は、厳しい評価。理解されない日々が続いた。「『テーブルクロスがないなんて』と、さんざん言われました(笑)。お客さまの意識との間に、ずいぶん差があったんだと思います」

レストランは企業であり、需要と供給のバランスで成り立っている。苦労して朝から晩まで働いても、ゲストに求められなければ意味がない。「自分が考えたスタイルに固執することに、どれだけ価値があるのか」

シェフであり経営者でもある高田さんは、苦悩の末、店をゲストの要望に合わせるように変更していこうと決める。昼夜ともに数種類のコースを用意。テーブルクロスを敷き、長テーブルを短くし、壁に掛かっていた数枚の絵画を外した。

「良いものや面白いコトをすれば、評価されると考えていたのは、失敗。それは、ニューヨークや東京などの大都市なら成立したかもしれませんが……。マーケティングの重要性と変えることの大切さを学びました」

開店から3年目、前年(12年)には一ツ星を獲得したラシームは、「大阪でもっとも勢いのあるフランス料理店」と呼ばれるようになった。

若いスタッフたちの後姿を見ながら、「何事も探ることが大切。それでも探ることを強要することはできない。本人が探ることに興味を持つか。そういう教育をしていった方がいいと思う」と高田さんは語った。

チームでありながら常に循環しているレストラン

今年2月、ラシームは店を全面改装。個室を作り、テーブル数も減らした。自分のアイデンティティである故郷・奄美の砂浜をイメージし、白を基調に木を印象的に使ったデザインで、落ち着きと暖かさを兼ね備える。コース料理も昼5300円、夜1万800円から、昼は8500円、夜は1万8000円に上げた。「優れたフランス料理のレストランであるためには、チームの力が必要」と高田さんは言う。十分な仕込みをして皿に移すのも効率的には良いが、加熱などその場の瞬間的な仕事を組み込むことにより、温度や香りなどの演出がより表現できる。そのためには、チームの力が必要なのだ。

現在、20席のダイニングに対し、キッチンは6人、ホールは4人。「十分だ、と言われそうですが、お客さまにとっては、大切な1回の訪問です。そのためにも、最高の体制で臨みたいと思っています。それが、僕がフランスで体験したなかで、一番考えさせられたことです」

高田さんは一方で、店を長く続けていくためには、スタッフは3年くらいの短い周期で入れ替わっていく方が良いとも言う。レストランの理想は、常に循環していること。上を目指す料理人であっても、長く居過ぎると依存してしまうからだ。

「スペシャリテは別ですが、僕も含めてシェフひとりの発想だけでは限界があると思う。チームにして、提案しやすい環境づくりも考えています」と高田さん。スタッフへの教育も、合理的にすることで成長を促す。「なんでも、方法はわかりやすく教えます。その方が、経営的に効率が良いから。でも、なぜ?というのは教えない。それは自分で考えてほしいし、そこを促して考えさせるのが、今の僕のやり方です」

見方によっては、「愛情がない」と思うかもしれないが、それは違う。店内改装の際には、厨房もリニューアルした。調理中も外に熱を発しない「涼厨」を導入し、キッチンの床にはカーペットを敷き、作業テーブルも以前より高くした。仕事をする環境の改善への投資。より良い仕事をしてほしいという考えからだ。

「30代後半になって、やっと周囲のことまで配慮できるようになったんですよ。それが20代でできれば最高ですよね」と、高田さんは笑う。

レストランとしての高みを目指し、全面リニューアル。34席あった座席を20席まで減らし、ゆったりとした空間を創出。それまで、半個室だった窓際のスペース(通り側、 2013年の外観写真の円状部分)を完全な個室にした。

「僕の料理」とはなにか。価値あるものに敬意を払うこと

今回の料理は、「今の高田さんを象徴するひと皿を」と、依頼した。「これからの時代、パーソナルな料理、シェフの個性が際立った料理が求められるようになると思います。ただし、どこまでが『僕の料理』なのかは、疑問ですが……」

レストランの料理は、思いもよらない新しい味覚や感覚、記憶や歓び、感動をゲストに呼び起こさせるものであってほしい。そのためには、シェフの経験や技術、アイデンティティが必要で、それが昇華してこそ「僕の料理」は生まれる。人のものを集めて供給するだけの「僕の料理」とは違う、と高田さんは考える。

「同じシェフですから『誰の料理か』は、すぐにわかりますよ。あっこれ、あそこのアレに似てるな、みたいな」

それも「料理の記憶」として必要だが、一方でSNSなど、視覚による情報の共有が発達したことで、高田さん自身も自分で作ったかのような錯覚に陥ることがあるという。「現代のSNSの普及は、シェア(情報共有)と言う点では、良いと思うのですが、その反面、情報が均一化してしまい、個性が出にくなっている状態だとも思います」

憧れのシェフの良いもの真似ることは、技術を向上させるうえで、とても大切なことだと高田さん。自身も若いころは、たくさん真似をした。「真似をしたら飽きてくる。そこに自分のカラーを入れる作業をして、次の料理に繋げればいい」

高田さんは、大切なのは「リスペクト」だと言い切る。価値あるものに対して、最大の敬意を払うこと。高田さんにとっての「価値」とは、「フランス料理の継承」である。

「感覚に頼る人間なので、料理の構成は、いろいろな方向から考えます。それをどこに落とし込むか。それは、僕にとって、それはフランスの伝統。そこから、どう自分の表現をしていくか、を考えていきます」

今回の「毛蟹のロワイヤルと手羽先カモミール風味」も、エクルヴィス(ザリガニ)とプーレ(鶏)という伝統的な食材の組み合わせから着想を得た。エクルヴィスを毛ガニにし、最近はあまりやらなくなったロワイヤルを、鶏肝で作った。一方で、白い泡は、毛ガニのジュ(出汁)にカモミールを加え、フレーバーによって軽さを演出する、という現代的な手法をとっている。

「料理は益々自由になり、何をしてもよくなっています。同時に、食材重視にもなっている。それは、料理人の技術や味覚のスキルが上ったということでもあるとは思います」

しかしその一方で高田さんは、自分たちの世代が知る『フランス料理のおいしさ』が薄れてしまうのではないか、という危機感を持つ。

「実はそれは、ラシームを開いた頃からあったものです。繰り返しになりますが、ラシームはフランス料理店である以上、フランス料理を継承していかなければいけない。一時的なブームであってはいけないんです。どうすればフランス料理の伝統を継承し続けていけるか。それを今、一番大事にしています」

30代の前半と後半では、人間は大きく変わる。中国の思想家、孔子は「三十にして立つ、四十にして惑わず」と言う。高田さんは、シェフとして、経営者として、自立の代を戦い抜いた。フランス料理を継承していく――その信念を胸に、不惑の40歳へ歩みを続ける。

毛蟹のニョッキと手羽先 カモミール風味
毛ガニの甲羅に盛りつけられたのは、ジャガイモと鶏肝のロワイヤル、手羽先と毛ガニ。毛ガニのジュにカモミールとレモンを加えた泡と甲羅の下の海藻のジンバソウが、白波を行く毛ガニをイメージさせる。毛ガニは故郷・鹿児島県産。日本の食材を使うようになったのは、ここ2、3年のことだという。それまでは、フランス産を多用していた。「経営的には、日本のものを使わないといけないなと。自分の仕事として、日本のものを使っても表現できると思えるようになってから、使うようになりました」。

Yusuke Takada
1977年6月、鹿児島県奄美大島生まれ。辻調理師専門学校を卒業後、大阪「カランドリエ」など3軒のレストランに勤務。2007年より約2年間パリの「タイユヴァン」などで研鑽を積んで帰国。10年3月「ラ シーム」で独立。開店1年半で一ツ星を獲得。15年にはフランス・リヨンで開かれた「インターナショナル・ケータリング・カップ 2015」に日本代表チームの一員として出場し、魚部門の最優秀賞を獲得。同年10月に、二ツ星に昇格した。

ラ シーム
La Cime

大阪市中央区瓦町3-2-15 瓦町ウサミビル1F
06-6222-2010
www.la-cime.com

江六前一郎=取材、文 上仲正寿=撮影

本記事は雑誌料理王国第263号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第263号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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