知られざる「イタリア」郷土料理 #1
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知られざる「イタリア」郷土料理 #2
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モリーゼ州、プーリア州、バジリカータ州、カラーブリア州
古代ローマ帝国成立以前に、先進的な文化を持っていたのはギリシャでした。ギリシャ人は、自国と似た気候で、土地の豊かな南イタリアやシチリアに入植し、これらの土地をマグナ・グレキア(大ギリシャ)と呼びました。イタリアという語源も、彼らがラテン語のVitelliu(牛の土地)と呼んだのが始まりで、これはカラーブリア州の突端、イタルスという土地の民族が牝牛を崇拝していたことによると聞きました。僕は、南イタリアに、イタリア料理の多くの起源があると思います。オリーブオイルやワインの生産技術も、ギリシャ人が持ち込んだもの。南イタリアは、現在経済的には国家のお荷物といわれ、貧しい印象がありますが、実際に訪れてみるとなんのその。南らしい人間味の豊かさは、そんな事を感じさせません。
南イタリアの食材の魅力は、野菜がおいしいこと。新鮮な野菜をふんだんに食べるのは南イタリアで、プーリア州は、小皿の前菜の数がものすごく多いのですが、野菜が満載です。そして、南部の共通点といえば羊でしょう。羊飼いは、暖かい場所をめざして羊とともに移動します。だから、羊飼いが文化の伝達役を担った部分が大きいといえます。南部は羊料理が豊富です。複雑な料理は少ないですが、郷土料理ならではの地味で滋味ある料理が多い。僕は僻地の料理にひかれてしまうのですが、それは限られた食材の使いこなしに驚かされることが多いからです。ロバのパテや、内蔵のトウガラシ煮込みも、南イタリアで食べました。これらの料理は、歴史を食べているような贅沢な気分になります。ただ、こうした料理は現代人が旨いと思わなければ、食べ継がれない。僕は、料理人のひとりとして、歴史が紡いだ郷土料理を今の時代にもおいしく更新し、次世代に渡していきたいと願っています。
モリーゼ州は、アブルッツォ州の一部であった時代が長く、両州の食文化は酷似している。「モリーゼならではという料理は少ないですが、ガチな田舎料理が魅力!」と小池さん。同州は硬質小麦の産地で、乾燥パスタの評判は高い。また、州都カンポバッソは、フェンネルや巨大な白セロリの産地、もうひとつの都市イゼルニアは山間で、南イタリアではめずらしく燻製の生ハムがあり、タマネギ、杏や桃が有名だ。「現地では、ゆでた豚皮や耳がドンと出てきたこともあります。今回は、伝統的なインボルティーニの仕立てにして、モリーゼらしくセモリナ粉のポレンタや、焼いたフェンネルを添えました」。
広げた豚皮に、スカモルツァチーズ、パン粉を牛乳に浸し固めた団子を巻き込んだインボルティーニ風。ゼラチン質のプルンとした豚皮にトマトソースが合う。下に敷いたセモリナ粉のポレンタは、硬質小麦地帯の中南部でよく目にする。
村外れの畑で育てたオリーブやブドウからオイルやワインを造ったり、家畜をつぶして料理したりと、自給自足の風習が残るプーリアでは、大切な家畜をつぶす時には、内臓も血も余すところなく食べ尽くす。羊の心臓、肺、肝臓をペコリーノチーズ、ニンニク、ハーブとともに腸で巻いた「ニウメリエッディ」は、そんなプーリアの食習慣から生まれた料理だ。プーリアスタイルの多種の小皿前菜の一品として出される場合に一般的なのは、濃厚な内蔵の風味と歯応えを生かした炭火焼き。宮木さんがジャガイモ、トマトやバジルとともに煮込んだ「ニウメリエッディ」は、マイルドでやさしい家庭の味だ。
仔羊の心臓、肺、肝臓を腸で巻いたもので、炭火焼きにするのが一般的。「ニウメリエッディ」という呼び方はプーリアの州都バーリの方言で、他の地域では「トルチネッリ」と呼ばれる。内臓の独特の風味を楽しむ料理。
イタリア半島南部でよくお目にかかるソラ豆は、乾燥させれば保存食、春には生で食べることも多い。「チャウデッダ」は、アーティチョークとソラ豆、野菜が主役の蒸し煮料理だ。温冷ともによし、前菜にもメインの付け合わせにもなる。横田明弘さんは、イタリア修業時代、名煮方のマンマの技を盗もうと、よく眺めた。そして「彼女たちだけに見える野菜の見た目や音の変化がある。適当なようで、確実に見極めのタイミングがある」と気づいた。目に焼き付けて実践を繰り返したという横田さんの「チャウデッダ」は、イタリアのマンマが乗り移ったように、包み込むような優しい味わいだ。
アーティチョークが主役の野菜とパンチェッタの蒸し煮。生のソラ豆も入った春らしい料理。調味料はパンチェッタの塩気、野菜からじわじわ引き出した極限の甘味と旨味。野菜は伝統的にくたくたと柔らかく煮る。
仔牛の内臓煮込みはカラーブリア州の名物料理だが、同州コゼンツァの一部では、同じ調理法で羊の内蔵を使う。「腸、心臓、4つの胃、ほぼすべての内蔵が入りますが、下処理を軽く塩もみする程度に留めるため、新鮮な素材を使うようにしています。大きな鍋でまとめて煮込み、具材だけをパンにはさんだり、ソースをパスタにからめたりして食べるんですよ」と藤田政昭さん。頻繁にイタリア各地を訪れて郷土料理を追求する藤田さんは、その土地の文化も含めて料理を紹介する。トウガラシとハーブが名産のカラーブリア料理らしい、オレガノやバジリコの香り豊かなソースまで味わいたい。
仔羊の内臓にトマトと赤・白ワイン、香辛料を加えて3時間ことこと煮込む。トマトよりも肉の旨味が強く、少しトウガラシが利いたシチューのような鍋料理だ。仔牛肉で作るのが一般的だが、コゼンツ ァ風に羊肉を使用した。
Noriyuki Koike
1972年埼玉県生まれ。麻布十番「ラ・コメータ」を皮切りに都内数店を経てイタリアに渡り、20州の郷土料理を吸収。2007年「インカント」の料理長に就任。オーナーソムリエの竹石航さんとともに各州の魅力を伝えている。
text : Megumi Komatsu、Aki Fujita、Kaori Shibata /photo : Yuu Nakaniwa、Ichiro Nakanishi、 Kenta Yoshizawa
本記事は雑誌料理王国2011年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。