料理人を志したこの一皿 #1「エル・カンピオイド」吉川敏明さん


どんな偉大な料理人にも「駆け出しの時代」がありました。苦しい時に支えられたひと皿、自らを決意させたひと皿。グランシェフたちの思いを、ひと皿に込めていただきました。


若鶏のソテー、ローマ風

エル・カンピドイオ 𠮷川敏明 さん


習得の近道はよいものを真似ること。 そして貪欲に取り組む心です 

この鶏肉料理は、若き日の僕に「料理人としてやっていける」という自信を与えてくれたひと皿です。料理の経験のないままローマに渡り、職業訓練学校の「エナルク」に入学して料理修業を始めた頃のこと。当時、学校では本格的なレストランを運営し、生徒は下働きをしながら実技を学んでいたのですが、ある日、シェフからの指示で一切をひとりでこなし、お客さまにお出ししたのがこの料理だったのです。お金を頂戴して食べていただく初めてのもの。料理の道で独り立ちできるという確信と楽しさを感じた瞬間でした。

異国で学ぶ20歳の料理人に自信と楽しさを与えてくれた

こんなチャンスは、イタリア人でさえそうはありませんでした。入学して3カ月目、まだ20歳だった僕に巡ってきたのは、何事にも一番をめざす負けず嫌いの性分と、そのためにがんばる意志、集中力の賜物と思っています。僕はその時、すでに大方の料理を作れる力を密かに蓄えていたのです。レシピを書きためたわけでも、すべて実技を行っていたわけでもない。毎日の仕事の中で、シェフたちの動きを「映像」としてそっくり頭にインプットしていたのです。鍋の持ち方、塩のつかみ方、ふり方、またタイミングやスピード感。あらゆる料理を頭の中にしっかり「録画」し、ことあるごとに少しずつ自分で「再生」することで無駄のない動きを身につけ、料理のプロセスを自分のモノにしていきました。

習得の近道はよいものを真似ること。料理を作る時、目の前に浮かぶのは、いまだにエナルクの調理場でのひとコマひとコマなのです。

若鶏のソテー、ローマ風
人生を決めたひと皿は、仔牛のサルテ ィンボッカや仔羊のカッチャトーラと並ぶローマ三大肉料理のひとつ。鶏モモ肉の火入れ、酸味と甘味の均衡が絶妙な、トマトとピーマンのソース。シンプルな料理こそ作る人の真価が表れる、その真理を突いた仕上がりだ。

Toshiaki Yoshikawa
1946年東京都生まれ。ホテルニューオータニを経て、66年に日本人で初めてローマの「エナルク」(ENALC、当時は国立の職業訓練学校)に入学し、料理修業。帰国後はリストランテ「カピトリーノ」(西麻布)のオーナーシェフとなり、2009年よりイタリア居酒屋「エル・カンピドイオ」店主に。講習会や執筆活動でもイタリア料理の啓蒙に努める。


河合寛子・文 天方晴子・写真

本記事は雑誌料理王国2011年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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