料理人の仕事は「おいしさを追求すること」です。食べる、という行為は人の生命にかかわりますから、つねに真摯に取り組むべきだと思います。日本のフランス料理店の場合、おいしさをお客さまに伝えるために、何が必要なのか。私は「翻訳力」だと考えます。「炭火焼した鴨のフォワグラのテリーヌ」は、フォワグラを初めて食べるお客さまに、フォワグラのおいしさをどう伝えるかを考えて、私が編み出したひと皿です。
私の「翻訳力」のベースになっているのは、ホテルオークラの修業時代に身につけた、古典のフランス料理です。1969年の入社時には22歳。550人の精鋭スタッフが働く中で、カリスマ的な存在の初代総料理長の小野正吉ムッシュに自分の存在に気づいてほしくて、とにかく必死で仕事に取り組みました。
先輩の仕事を手伝うかたわら、ひたすら先輩のルセットを書き写し、仕事が終われば深夜まで、フランス語で書かれた技法解説の本を見つつ、自分のルセット帳作りです。
仕事場では、誰もいない時を見計らって、そっと小野ムッシュの部屋に行って質問をしました。下っ端の私にもていねいに答えてくれたのがまたうれしかった。敬愛するムッシュに尽くしたいと仕事に取り組むうちに、徐々に認められ、海外研修の機会も得ました。
誰でも厨房に入ったその日から「料理人」になれるわけではない。修業時代を支えるのは「目標」です。シェフをめざす若者には、目標を持って進んでほしいです。
カモのフォワグラを焼いて脂を落とし、ソーテルヌを煮つめたソースでつなぐ。日本の焼き鳥に着想を得た炭火焼きのスモーク香と、フランスの中世から受け継がれる甘酸っぱい味わい「エーグル・ドゥース」の調和。古典を学び、真摯に「おいしさ」を追求することで生まれたひと皿だ。
Katsunobu Kitaoka
1947年神奈川県生まれ。69年にホテルオークラ入社。初代総料理長・小野正吉氏に薫陶を受ける。 77年に「プティ ポワン」を独立開業。2005年フランス国家農事功労賞受勲。18世紀に多くの要人に仕え、「料理外交」を確立した料理・菓子職人のアントナン・カレームが、現在の目標とする人物とのこと。
text : Yukako Ito /photo : Haruko Amagata
本記事は雑誌料理王国2011年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。