今年で3年目となる「ブルガリ東京レストラン」の「エピクレア Epicurea 2017」。エグゼクティブシェフのルカ・ファンティンさんが、世界のトップシェフと共演するこの美食イベントは、毎回新鮮な驚きで美食家たちを魅了してきた。今年のコンセプトは、「世界の新鋭女性シェフとのコラボレーション・ディナー」。
そのトップバッターとして招かれたドミニク・クレンさんは、女性が成功しにくいとされる料理の世界で、アメリカで女性では初めてミシュラン二ツ星を獲得し、2016年には、「世界のベストレストラン50」の「最優秀女性シェフ賞」に選ばれた。今やアメリカきっての食のトレンドの地として知られるサンフランシスコ。レストラン激戦区でもあるこの地で成功を収めるフランス人シェフに、女性ならではの料理哲学を聞いた。
──8歳の時、お母さんにシェフになると宣言したそうですね。
それは、初めてミシュランの星付きレストランに連れて行ってもらった時の話です。12品のコース料理が供されるのを見て「、私が大きくなったらこれをやりたいの」って(笑)。でも、料理というよりは、そこで働く人の動作、サービスや器、踊っている人、それらすべてが魔法のように思えたんです。今のような自分の姿を思い描いていたわけではなく、その場所で働きたいという意味だったと思います。
――ご両親の影響が大きい?
両親はレストラン自体を文化だと思っていました。ですが星付きレストランに連れていくことが大事なのではなく、カジュアルからファインダイニングまで、子どものうちから多様なものを体験させることを大切にしていました。ひとつの見方しかできない大人にはならないように、また、そこで見聞きするアートや音楽、人々の会話を通して、さまざまな世界に関心を持つように、と考えていたのだと思います。
──なぜ料理人になろうと?
最初から料理人を目指していたわけではないんです。フランスでは大学で経済を勉強しましたし、国際ビジネスも学びました。きっかけは、サンフランシスコを訪れたことです。街の雰囲気や文化に魅せられてレストランで働くようになり、気づくとシェフの道を進んでいました。
──異色の経歴ですね。料理の何が心を捉えたのですか?
私は、風土も水も食もすべて言葉にできると思っていますが、料理人になることで、それらの声になれると思ったんです。それに、食を通して人とのコミュニケーションを手助けしたり、人を幸せにしたり、人に何かを考えさせることもできます。例えば、地球をリスペクトしようよ、とか。そういう料理を作りたいと思うようになっていきました。
――とはいえ、料理人としてはかなりスタートが遅いので苦労もあったでしょう?
自分がやりたいことや、はっきりとしたビジョンがあるなら、そのための苦労なんてたいしたことではありません。それに見合う努力もできます。逆に簡単に目標を達成していたらつまらなかったでしょうね。大変な思いをしてこそ、多くを学ぶことができるし、人生にとって大事なことだと思います。今の自分があるのも、苦労したおかげだと思っています。
──女性が成功するのは難しいといわれている料理界で、成功した理由は何だと思いますか?
私は父から「自分に自信を持っていれば、何にでもなれるんだよ。自分を信じなさい」と言われてきました。人生において大事なのは、常に自分自身であろうとすること、自分に自信を持つこと、成功できると信じること。そう強く決心し、身を粉にして努力すれば成功できます。それは男性でも女性でも関係ないと思うんです。
――日本は初めてだそうですね。
ええ。でも、日本にはとても興味がありましたから、今回のルカさんとのコラボレーションを心から楽しみにしていました。
――日本で一番印象に残った場所はどこですか?
ルカさんには、いろんなところを案内していただきました。なかでも印象深かったのが築地です。日本の食文化について、深く知ることができますし、尊敬すべき場所だと感じました。
──どんなところに?
日本人はファッション、料理、それら全てに大変敬意を払いますね。食材に対してもそうです。例えば、和食では肉や魚に火を通すときも、殺生した食材をさらに強い火で調理して2回殺すようなことはしたくないと、炭を使って優しく火を入れる。また、そうすることで食材が別のレベルに引き上げられるのだと感じます。私は、そういう考え方がとても好きで、築地には、そうした日本人ならでは食への敬意、謙虚さがあることを肌で感じました。
──料理にも影響を受けている?
例えば、今回のコラボで披露したアワビのグリルはそうです。木の棒を使って、筋肉をほぐすように叩いてからゆっくりと炭で焼きました。生きたアワビを殻から取り出すとすぐに硬くなってしまいますが、木の棒だと、やわらかく美味しく仕上がります。これまで日本に来たことはありませんでしたが、和食の炭火使いを身につけようと、炭を使う人がいれば注意深く観察し、火入れのコンセプトを理解しようと努めてきました。サンフランシスコの私の店では、ソースを作る時でも火入れはすべて備長炭を使っています。
──ドミニクさんの料理は詩的と評されています。いつ、どのように料理は生まれるのですか?
メニューは私にとってポエムなんです。毎シーズン、プランは立てずに詩を書きます。すると自然と料理が浮かんでくる。だから言葉はとても大切です。
──発想の源は? サンフランシスコでの生活にありそうですが。
サンフランシスコにレストランを3軒持っているので、普段は仕事に多くの時間が割かれます。それでも、スポーツをしたり、映画を見に行ったり、本を読んだり……。家族と過ごす時間や自分の時間を作ることも心がけています。また、旅に出たり、森を散歩したり、自然と触れ合う時間も大事にしていますし、世界で何が起こっているかということにも興味がある。寝る時間は少なくなりますが、自分らしくいられるようにバランスをとっています。
──料理人として最も大切にしていることは何ですか?
〝リスペクト〞することです。食材に対して、また人として互いに敬意を払うことは非常に大切だと考えています。食材を大事にできなかったり、他人や一緒に働くチームを大事に思えなかったり、リスペクトする心をもたない料理人は、たとえ素晴らしい才能の持ち主でも、私にとっては何の価値もありません。
――シェフを目指す若い人たちに、伝えたい言葉ですね。
シェフという仕事には責任がつきまといます。人が成長するのを助け、自らが声となり、日々変革を起こしていかなくてはならない。それにはリーダーシップも大切ですし、人にエネルギーや影響を与える存在でなくてはいけません。そして、自分の声や発信するものをもち、物語を語り、人に対して尊敬の念を持ち、幸せでありなさいと伝えたい。単にセレブシェフになることを目的にして欲しくはありません。料理を作ることは、賞をとることではなく、成長し続けることであり、自分自身であり、謙虚であるということ。自分にもそう言い聞かせています。
──素敵なお話をありがとうございました。
Dominique Crenn
1965年、フランス・ベルサイユ生まれ。大学卒業後に渡米。サンフランシスコに魅せられ料理の世界へ。レストラン勤務を経て、インドネシア「インターコンチネンタル・ホテル」で女性初のエグゼクティブシェフに就任。2011年に、自身の店「Atelier Crenn」をオープンし、2年後には「ミシュランガイド」で二ツ星を獲得。2016年、世界のベストレストラン50「最優秀女性シェフ賞」を受賞。
民輪めぐみ=インタビュー 御門あい=構成 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国2017年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2017年9月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。