料理人にとって味の追求は永遠の課題だが、やみくもに追いかけてもだめで、食べ手を納得させる味を生み出すには、時代を読み説く力が要求される。そこで、今回は「時代」と「おいしさ」をテーマにまとめてみよう。おいしさとは時代の要求、すなわちお客さまの要求によって作り出されていくもので、たとえばビーガン、糖質制限、グルテンフリーのように、食べる人がイメージする「幸せな食生活」の変化に応じて変わっていくものだと思う。
少し前までは、いろいろな味を求めて積極的に世界中を旅する料理人が目立ち、その経験を通して、お客さまに「おいしいとされるのはこういうものです」と提案していたが、今ではフーディーズ(各国を食べ歩く美食家たち)のように、お客さまのほうが料理人以上に各国を巡り、いろいろな味を楽しむようになった。その意味で、お客さまの経験値のほうが上になってきたと思うから、料理人よりも、お客さま自身がおいしいと感じるものを提供することに変わってきたと思う。古くはルネサンスやベルエポックの時代のパトロンがそうだった。作り手が、お客さま一人ひとりの嗜好に一層寄り添うために、今後の飲食店のスタイルとしては、ひとつの決まったメニュー(コース)の提案ではなく、アラカルト化していくべきだろう。
「おいしい」には3つあると思う。1つ目は、母親から受け継いできたような記憶に残っている味。2つ目は自分の経験からおいしいと思う味。3つ目は、ファッションのようなもので、その時々でくるくると変わる味。「この店のこれがおいしい」と聞けば飛んで行くし、それが前に流行った味とまったく違うものであっても、さほど気にせず、おいしいと言ってしまう。おいしさがファッションならそれも仕方のないことなのかもしれないが、料理人の中にも、新しい料理に出会うたびにおいしさの基準を変える人がいて、これについては「仕方がない」と片付けるわけにはいかない。
なぜ、そういうことが起こるかというと、料理人自身の味覚が研ぎ澄まされていないからだ。だから私は、「若い料理人は、味覚が研ぎ澄まされるまで師匠を変えるべきではない」と考えている。まず、ひとりのシェフに仕えて、味覚が研ぎ澄まされたら、そこで初めて独自の味づくりのために、いろんなプロセスが生み出す味のバリエーションを見に行くべきなのだが、最近の若い料理人たちは、味覚が研ぎ澄まされる前に、プロセスだけを見たがる傾向にあるように感じる。それでは、プロセスの結果として生み出された味が、正しいかどうかを判断するモノサシが育たない。
では、新しい料理には目もくれず、ひたすら伝統的な料理を学び、それにこだわり続ければいいかといえば、そういうわけではない。伝統的といっても、現在、継承されているものは昔のそれと同じではなく、必ず今という時代が反映されているはずだ。最近、フランス料理の世界では伝統的な料理が見直される傾向にあり、昔の料理を復活させているシェフもいるようだが、淘汰された料理にはそれなりの理由があったわけで、それを理解したうえで、現代の食事としての機能やおいしさがプラスされていなければ、蘇らせる意味がないと私は思っている。
また、料理人の傾向として、昔習った調味や調理に固執して、新しい手法やおいしさを受け入れられない人も少なくない。しかし、それでは今の時代を生き抜くことは難しい。世界中の料理人から注目され、尊敬されるようなグランシェフは、修業時代に習った調理や調味をもう一度科学的に検証し直して、今の時代に合うおいしさに作り直しているのだと思う。
グランメゾンを作り上げたジョエル・ロブション氏やアラン・デュカス氏、分子調理を広めたフェラン・アドリア氏や北欧ブームを作ったレネ・レゼピ氏、彼らは時代を動かし、食の流行を生み出してきた。そのことに気付かなければいけないだろう。たとえば、ファッション業界では、グッチやヴィトン、シャネルのようなトップブランドは、これまでのイメージを守りながらも方向性を微妙に動かして、自分たちのブランドが廃れないように流行を生み出している。実はこれと同じことが料理の世界でも繰り返されているのだ。
時代を動かしてきたシェフたちは、並外れたセンスと才能で、誰にも真似のできない味を生み出してきた。料理をビジネスととらえて成功を勝ち取りたいなら、彼らの味をうまくコピーするだけでも十分なのかもしれない。しかし、一生コピーに終わることに、料理人としての喜びはあるだろうか……。
コピーで終わりたくないのなら、作り手として何をすべきか――。ひと言でいうなら、お客さまの経験値の一つとなるような、オリジナリティー溢れる料理をめざすことだ。
そのためには、素材の栄養素をしっかりと学んで、よりよい組み合わせを研究し、調理することの意味やそれによって得られる効果を検証していく。そうした積み重ねの中から、独自の味を見つけ出し、お客さまがおいしいと感じる味を提案していくのだ。
もちろん、お客さまが好む味は、一朝一夕には生み出せない。私の場合は、修業時代から実践してきたことがある。日々、シェフと一緒に料理を作り、味の流れを理解し、味覚を研ぎ澄まし、シェフにおいしいと言われ続けるようになることを大切に考えて実行してきたのだ。それは将来、自分のお客さまに味を提案して、「おいしい」と言っていただくためのプロセスと同じだからだ。シェフは、職場で一番重要な存在で、気難しく、もちろんおいしいものの経験値も一番高い。それに、シェフを満足させるということは、すなわち、そのシェフに付いているソワニエ(最上級顧客)たちをも、自分の世界に取り込むことができたことになる。こうした仕事は、独立した時に必ず役に立つはずだ。自分が深く理解できた相手というのは、裏を返せば自分にとっての最高の理解者となる。そのようなお客さまをソワニエとして増やしていけば店の経営は安定する。
みなさんの中には「第二のロブション氏やフェラン氏をめざしたいから、時代を読み解く力やセンスを磨く方法を教えてほしい」と言う意欲的な人が少なくないだろう。私には、明確な答を出すことはできないが、人のコピーに甘んじることなく、オリジナリティーを追求していけば可能性はあるかもしれない。
世界中を騒がせた北欧ブームが去ったあとの現在の料理界には、大きな潮流もなく、やや停滞ムードが漂っている。今こそ、自分自身のオリジナリティーで世界を変えようとする人が出てきてほしいものだ。そうしたアイデンティティーが、多彩な味のバリエーションを生み出していったら、この業界はもっと楽しくなるはずだ。
KAZUTOSHI NARITA
1967年、青森県生まれ。高校時代はスキー部とボート部で活躍するスポーツ少年だったが、卒業後はシェフパティシエの道へ。99年に渡仏。一ツ星店「ステラ・マリス」、三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」「ピエール・エルメ・パリ」などの名店で腕を磨く。NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」時代の2007年に、パンとデザート部門でBest of New York に選ばれる。17年には、「アジアのベストレストラン50」の「アジアのベストパティシエ賞」を獲得。現在、「エスキス」「アジル」「エスキスサンク」のシェフパティシエとして活躍中。
本記事は雑誌料理王国2017年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2017年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。