フランス共和国より農事功労章「シュヴァリエ」の受勲、「料理の鉄人」での最強鉄人など、日本のフランス料理界をリードしてきた、坂井宏行氏。
日本人の口に合うフランス料理をと、大阪「味吉兆」で茶懐石を学び、日本の食材を積極的に取り入れて、軽やかな味わいと美しい盛り付けの多皿コースを実現。日本のヌーベル・キュイジーヌとも言うべき軽やかなフランス料理を提供してきた、そんな坂井氏が、自らの名前を冠し「料理人生の集大成」と位置付けた店を7月7日にオープンした。
場所は東郷神社の隣の高級マンション「パークコート神宮前」の一階。明治神宮前駅から徒歩わずか6分という交通至便な場所ながら、一面に広く取られた窓からは、鮮やかな緑を望む、自然に囲まれた場所だ。
ここで大切にするテーマは、「サステナビリティ」。これまでも、無駄を出さず、環境に優しい食を提供してきたが、改めて、テーマとして据えることで、未来の子供たちや地球のために、より良い環境を考える、新しい美食のあり方を広く発信していきたい、という思いが込められている。
1980年に開店、現在、東京の南青山、山王と福岡に3店展開する「ラ・ロシェル」は、クラッシックな伝統美を体現するファインダイニング。フランス料理は元々無駄を出さない料理ではあるため、根本的な考え方は変わらないものの、今回の新店では、ベージュ色を基調とし、優しいカーブを描く木の椅子や、坂井氏の故郷、鹿児島県出水市産の間伐材を使ったパーテーションなど、木目を生かしたナチュラルなインテリアが目を惹く。間伐材は、森の手入れをするからこそ生まれるもの。使用することで日本の林業を守りたい、という思いも込められている。客席はメインダイニングルーム40席、中二階のソファ席が10席、個室10席の計60席。
現在79歳の坂井氏は現場には立たず、監修という形。基本的にメニューは長年共に働いた各店のシェフたちが作るが、よくやるのは「抜き打ち訪問」。「今お客様が食べているのと同じものを出して」と客席で料理のチェックを行い、必要であれば、味の調整などをアドバイスする。それだけではなく、大切にしているのは冷蔵庫のチェック。
それは、「天皇の料理番」で知られる秋山徳蔵氏の流れをくむ萬葉軒で修業し、吉田茂首相のお抱え料理人となった名料理人、銀座「四季」の志度藤雄氏の流儀でもあった。四季の厨房では、冷蔵庫のどの場所に、どの食材をどのトレイに入れ、どのタオルをかけてしまうか、までが全て決まっていた。営業中も、場所を伝えるだけで間違いなく食材が厨房に届き、整然と整えて準備を進めることで、定休日の前野冷蔵庫は常に空っぽ。新鮮な食材をお客様に提供し、食材を使い切って無駄も出さなかったのだという。
特に、坂井氏の軽やかで食材の味を生かした料理は、新鮮な食材が必須。「面倒だからと一気に発注するのではなくて、その時その時で持ってきてもらった方がいい」と、常に冷蔵庫が整頓され、必要なものが適切に管理されているかを確認する。
この「ラ・グランド・メゾン Hiroyuki SAKAI」でも、そんな教えを受け継ぎ、新しい形で表現するのが、坂井氏の元で約20年働いた渡辺誠治氏。現在49歳、川島孝シェフ率いる南青山の「ラ・ロシェル」をスーシェフとして長年支え、ついにこの場所でシェフデビューを果たす。
提供する料理は、ラ・ロシェルよりもポーションを減らし、皿数を増やす。また、サステナブルなアプローチを取るために、例えばヤマメはハラスの部分をからりと揚げ、骨は乾燥してからパウダーにするなどして、全部を美味しく食べられるように工夫した。仕事量は当然増えるが、「グランドメゾン」を冠した店にふさわしい、軽やかでありつつも手間をかけて味と美しさを追求する、という坂井氏のスタイルをこれまで以上に突き詰めて表現する。また、ウナギやウズラなど、あまり使ってこなかった食材も積極的に取り入れる。ウズラはツボ抜きにした後、ミルポワのみならず、野菜の皮などの端材も使ったブイヨンの煮凝りを閉じ込め、ナイフを入れると肉汁が溢れ出す仕掛けを施すなど、味のみならず、驚きに満ちた提供方法を考えている。
高級マンション内にあるだけに「ご希望によっては、お客様のキッチンで最後の仕上げを行うケータリングなども検討している」(坂井氏)という。
また、ブーランジェリーも併設され、店内で焼き上げるクロワッサンや、リユース可能な、ドイツ製の蓋付き強化ガラスの器に入ったデザートや、ギフトに重宝しそうな焼き菓子など、ちょっとお洒落な日常使いにもぴったりの品揃えとなっている。
レストランにも寛ぎ感や、環境負荷をかけないあり方が求められるようになってきている今。79歳の鉄人、坂井宏行氏は、62年の料理人生初、自らの名を冠した店で、新たな挑戦をスタートした。
「ラ・グランド・メゾン Hiroyuki SAKAI」
住所:東京都渋谷区神宮前1-4-20 パークコート神宮前1階
電話:03-6721-0852
ウェブサイト:https://www.grande-maison.jp/
取材・文= 仲山今日子
仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。