1980年、坂井宏行さんが開いた1軒のレストラン「ラ・ロシェル」。長い道のりを経て「ラ・ロシェル」は大きく成長し、2020年に40周年を迎える。現在75歳の宏行さんを、経営を専門とする慎吾さんが支えている。
──慎吾さん、お父さまの会社を継ごうと思われたきっかけは?
慎吾:もともとはそのつもりはなかったんです。コーネル大学で経営を学んだあともずっと金融機関で働こうと思っていました。ですがあるとき、父が「もうこの仕事はいいかな」と言いだしたんです。父が会社を手放し、誰かの手に渡ってしまうのかと思うと、幼い頃から見てきた父の姿、長年父を支えてくれた会社の方々の顔が思い浮かんできて。気付いたら「僕に手伝わせてください」と言っていました。
宏行:そう言ってくれたときは、嬉しい反面、心配もありました。レストランの経営は大変ですから。それに慎吾は料理人ではありませんから、現場のことがわからない。それで皆をまとめていけるのかという懸念もあったんです。ですから現場でコミュニケーションをとってほしいと言ってきたのですが、慎吾はそうはしないのですよ。
慎吾:父はメディアでも活躍し大きな求心力がありますが、父が引退したあとも会社は存続していかなければなりません。そのために私の得意分野を活かしたい。そして、私の得意分野は料理ではなく、数字の管理と企画、つまり運営です。ですから、自分の立場を明確にするためにもあえて現場には立たないようにしているんです。父が革新的な料理で道を切り開いてきたように、私は革新的な運営でこの会社を継承したい。次代を担うスタッフたちにスポットライトが当たるよう、父が歩んできた道をただなぞるのではなく、運営にも“革新”が必要だと思っています。
慎吾:もちろん現場の大変さも理解しています。メディアに出て注目される前、苦労の多かった頃から私は父を見ていましたから。朝早くから夜遅くまで働いて、店に泊まり込むことも多く、家にはほとんどいませんでした。そんななか、ある日父が「印刷するお金がないから」と言いながら家の居間で夜通し手書きのメニューを書いていた時の姿は今でも忘れられません。色鉛筆で描き上げた絵と文字が本当に綺麗で。でも次の朝起きた時にはもう父は仕事に出て家にはいませんでした。そうやって人の見ていないところで努力をして、その積み重ねで辛い時期も乗り越えて。料理人としても経営者としても尊敬しています。
宏行:独立して「ラ・ロシェル」をオープンするときは、メニューを印刷するお金がなくて、全部自分で手描きで作ったんです。その時は苦労とは思いませんでしたね。やっと自分の店ができたという思いが大きくて、1日や2日寝なくても平気だった。楽しい時間ですよ。でもそれから30年、40年とレストランを続けていくのは大変です。お店にお客さまが入らなくて、「よし、今日はもうお店閉めちゃおう」という日もありましたよ。
──オーナーシェフとしては、お客さまが入らないのは辛いですね。
宏行:でもそこで私が落ち込んだり文句を言ったりすれば、スタッフ皆の気持ちが沈むでしょう?リーダーは何があっても前向きで、明るくて、元気で、パワフルでなくちゃいけない。24時間たてば1日は終わるのだから、明日になれば何とかなる。そう思いながら明日やることもしっかり考えるんですけどね。皆の前ではバカみたいに明るくて元気なほうがいい。それで得られることがいっぱいありますから。
慎吾:父は自分に厳しく努力家ですが、本当に明るいんですよね。何があってもポジティブで、元気さと明るさだけは失わない。なかなか真似のできることではないですね。
宏行:慎吾も私にはないものを持っていますよ。まず数字に強いし、話を整理して皆に理解してもらう力にも優れている。東京だけでも何万件とレストランがあるなかで、絶対に負け組には入らずに、端でもいいから勝ち組の位置にいるためには、つねに皆で協力して発信していかなければなりませんから、慎吾の力でうまく皆をまとめて引っ張っていってほしいですね。
慎吾:父が作り上げてきたこの会社では本当に父の存在が大きく、スタッフは皆「ムッシュのおかげです」と言います。しかし、これからは父がいなくても自分たちの力で結果を出したと言えるようになっていかなければなりません。それを促すのは、父と同じ料理人ではない私だからこそできることなのではないかなと思っています。スタッフたちが自力で活躍できるチャンスを作り、父とは違った新たなつながりでお客さまを発掘するのが私の仕事です。
宏行:そうですね。私がいなくても自分たちでお客さまを開拓する、自分たちの仲間を増やすということをどんどんやってほしいですね。そして、働く時間をエンジョイしてほしい。義務で料理を作ってもお客さまは感動してくださいませんから。仕事を楽しみながら、会社を盛り上げ、自分たちの生活や家族たちを守っていってほしいと思っています。
──将来のビジョンは?
宏行:慎吾の世代に継承していくためには、支えてくれるスタッフたちを信じて任せること、変わる勇気を持つことが必要だと思っています。私がすべてやろうとせず思い切って任せることで、皆には自信を持って前に進んでほしい。昨年、慎吾に社長の職を譲りましたから、しばらくは私もサポートしながら、「ラ・ロシェル」の代表は慎吾だと周りからも認められるようになれば私も安心です。2020年は周年を迎える節目の年。それまでにしっかりと継承していければと思っています。
慎吾:父の「ラ・ロシェル」を受け継ぎ、さらに私の次の世代へ継承できるように、スタッフたちを引っ張りながら皆で歩んでいきます。
Hiroyuki Sakai
1942年鹿児島県生まれ。17歳でフランス料理の世界に入り、「ホテル新大阪」で修業を始める。19歳でオーストラリアに渡り、「ホテルオリエンタル」で1年半研鑽を積み帰国。「四季」「西洋膳所 ジョン・カナヤ麻布」などを経て、 1980年に38歳で独立し「ラ・ロシェル」をオープン。オーナーシェフとなる。 1999年『完全なる料理の鉄人』で最強鉄人になるなどTVでも活躍。2005年フランス共和国より農事功労章「シュヴァリエ」を受勲。
Shingo Sakai
1972年、宏行さんの長男として東京都に生まれる。アメリカ・コーネル大学大学院卒業。英国ミッドランド銀行、HSBC、英国バークレイズキャピタル証券会社と数々の外資系金融会社で金融実務に携わった後、2008年、宏行さんが代表取締役社長を務め、「ラ・ロシェル」の運営のほかブライダルやコンサルティングを手掛ける株式会社サカイ食品に入社。2017年、同社の代表取締役社長に就任。
ラ・ロシェル南青山
La Rochelle Minamiaoyama
東京都港区南青山3-14-23
☎03-3478-5645
● 12:00~14:00LO
18:00~20:30LO
●火・第1水休(祝日を除く)
●コース 昼4500円、夜8500円~
●50席
www.la-rochelle.co.jp
河﨑志乃=取材、文 今清水隆宏=撮影
本記事は雑誌料理王国282号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は282号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。