3階建ての一軒家、渋墨塗の板壁の風情ある佇まい。これが新築だというのだから、余程の粋人が作ったのだろう、ということは、容易に推察できる。
1920年創業、世界最高峰の高級時計やジュエリーなどを扱う専門店、YOSHIDAの社長、吉田勉氏の肝煎りで、東京本店のある幡ヶ谷に、満を持してオープンした鮨店が、「鮨 東京 よし田」だ。
幡ヶ谷駅から程近い、交通至便の商店街に建つ。外観はもちろん、中に入れば、金箔に描かれた桜図の襖絵に圧倒され、振り返れば稀少な日本酒や銘醸ワインを揃えたセラー、その奥の坪庭には井戸と、100年を越すという見事な石灯籠が歴史を感じさせる。木曽檜のカウンターは、継ぎのない約6mのもの。手に入るまでに店舗の完成を遅らせた、というほどの品だ。
器の多くが人間国宝の第14代今泉今右衛門作、猛暑のこの日、カウンターの上に置かれた皿は、代表的な墨はじきの技法で作られたもの、薄墨色からほの白く浮かび上がる六花柄が涼やかに出迎える。
刺身や生姜を盛る皿も見事な色鍋島、細部に至るまでの心配りに、全てにおいて妥協のない鮨体験を提供しよう、という思いが伝わってくる。
カウンターに立つのは、藤本大輝料理長、東京の名店で修業を重ねたのち、香港の「鮨とかみ」で2年間を過ごした、世界を知る鮨職人だ。酢飯は横井醸造の赤酢「與兵衛」を使った酢飯と、米酢「白寿」を使った二種類を使い分ける。
特に、海外では最初の印象が大切。そこをしっかりと押さえている、と感じるスタートは、「とかみ」の流れを感じる、しっかりとした赤酢の酢飯に、マグロの突先、さらにそこにウニをのせた手巻き寿司。マグロ、赤酢の酢飯、海苔、ウニ。様々な旨味要素が相乗効果を生み出す、鉄板の組み合わせだ。
そこに、ゼネラルマネージャー兼シェフソムリエの、浅見勝敏氏が注いでくれたのは、ランシオ香を感じるイタリアのスパークリングワイン。とろりとしたウニやマグロ、赤酢の酢飯にこっくりした味わいを添えながらも、泡ですっきりとした印象を与える。比較的どんな鮨も相性の良い「寄り添う日本酒ペアリング 」とはまた一味違い、ピンポイントで焦点を合わせた「相乗効果を狙うワインペアリング」だ。グランヴァンだけでなく、ナチュラルワインも多く取り揃え、好みに合わせて自在なペアリングが提供できる、懐の深さ。
刺身は美しい艶のあるホシガレイとアラ、生きた石垣貝。ホシガレイの淡味、アラの上質な脂、石垣貝の甘味が感じられる。
毛蟹と蟹味噌を和えたものともずくの酢の物は、テロワールを合わせて、毛蟹と同じ北海道産の白いホワイトコーンを入れている。
冷房の効いたカウンターにふわり、と温かい空気が運ばれてきた。網に乗せた大量の紀州備長炭を片手に、藤本料理長が登場する。こちらで、脂の乗った黒ムツの表面をじわりと焦がしていくのだ。
あん肝に奈良漬けとカシューナッツを入れたモナカを添え、香りを増した黒ムツには、この日特に印象的だったマルサラワインとのペアリング。近年行われている酒精強化ではなく、昔ながらのソレラ方式で15年以上の酸化熟成を行っている、自然派の造り手、マルコ・デ・バルトリのもの。甘さ控えめで、バニラを思わせる樽香が黒ムツや金目鯛などの、甘い脂の乗った魚、特にあぶって少しスモーキーにしたものとよく合う。
次の皿は、とろりとした透明感のある旨味で、余韻にクジラらしさがほのかに感じられるシロナガスクジラの刺身だった。赤い身の鉄分と合うのはもちろんのこと、ほんの少しニンニク醤油をつけると、このニンニク醤油とも、マルサラが不思議と合う。赤酢の酢飯との相性も間違いなさそうだ。
「今日のは700グラム 位ありますかね」という、巨大な黒アワビは勝浦の産。日本酒、真昆布と一緒に6時間ほど蒸しあげて、こっくりとまろみのある肝のソースと共に。日本酒、昆布だけでなく、ほんの少しバターを加えることで、ワインに合う味わいに寄せてある。
脂が乗って、黄金色になった穴道湖の1キロもの巨大なウナギは串に刺して炭焼きに、包丁を入れればパリリと小気味よい音が弾ける、香ばしく焼き上がったものをそのままいただく。
ここから鮨のスタート、つまみに12貫というコース構成だが、酢飯は小さめなので、個人的にはちょうど良いポーション。海外のゲストも喜びそうな旨味の重ね方、ただ重ねるだけでなく、緩急をつけた流れを作ることで、食べ疲れない食体験に仕上げている。
まずは、白甘鯛の昆布〆。しっかりと昆布の旨味を乗せて、昆布のみの塩分で仕上げた。
そして、なんといっても注目は、やま幸のマグロだ。やま幸の山口幸隆社長が監修する店だけあって、極上のマグロを揃えている。
この日のマグロは8月上旬にも関わらず、戸井の延縄漁法、173kgという立派な品、赤身にもとろりとした食感があり、脂の上質さはもちろん、蛇腹の部分も筋が柔らかい。
大振りの魚体ながら「柔らかいマグロが好き」という藤本料理長も思わず笑顔になる逸品。
上に塗られた醤油にはほのかにマグロ節が香る。修業先で学んだのではなく、藤本料理長が自身で考え出したアイデアだとか。
この他にも、ハマグリは低温調理して、醤油のツメではなく、ハマグリのエキスを凝縮させたものを塗って仕上げたり、玉子には芝海老だけでなく、芝海老の殻の出汁を煮詰めたものを加えるなど、素材をより素材らしく表現するために「エッセンスを抜き出し、凝縮させて重ねる」という、ある意味西洋料理的なアプローチでオリジナリティを出しているのが興味深い。
最後は、アメリカンフットボールの球と見まごうばかりの、見事な5Lサイズの宮崎産マンゴー「太陽のたまご」で締めくくり。最高級の時計や宝飾品を扱う店が出すのだからこそ、食材もすべて最高級のものを、という心意気、カットする様子も圧巻だ。
素材の良さを追求するアプローチについてお話を聞いてゆく中で、アナゴのツメについて尋ねると「去年の11月から作り始めたばかりなのです」と少し申し訳なさそうに話す藤本料理長。いえいえ。見事な木曽檜のカウンターや、名陶の作品を使いながらその変化を愛おしむように、食べる側は、藤本料理長の技と共に、その味が深みを増していく時の流れも、楽しむことができるのだから。
鮨 東京 よし田
東京都渋谷区幡ヶ谷2丁目5番5号
03-3320-5401
https://sushi-yoshida.jp/
取材・文・撮影= 仲山今日子
仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。