未来を変える力は人間にしかない シンシア 石井真介


料理人だからこそ海の乱獲も身近な問題として伝えられる

万能に思えるAI。しかし、与えられた課題はこなせても、問題点を自ら見つけることは不得手だ。「シンシア」のオーナーシェフ石井真介さんは、問題意識を強く持つタイプ。AIを「超える」シェフといえる。現在のテーマは「サステナブル」で、環境に配慮して食材を選び、仲間やジャーナリストたちとトークセッションや勉強会なども開く。

たとえば乱獲が問題視されている太平洋クロマグロ。産卵期にまで獲り尽くそうとする現状に警鐘を鳴らす意味もあり、石井さんはあえて大西洋産のクロマグロを選ぶ。それをおいしく仕上げて、「実は大西洋でも同じようなことが起きていたが、漁獲規制によって資源量が回復してきた」とゲストに伝える。「食材を通して会話が弾み、環境問題に関心を持っていただけるんです」。料理人が世論を動かし、政治を変えることも可能だ、と石井さんは信じている。「先輩たちの努力によって、日本にフランス料理が根付いて約50年。今では海外で活躍する人も増え、日本ならではのフランス料理も認められるようになりました。この流れを僕たちの世代で止めてはいけない。僕たちにできるのは、広い視野で食の諸問題に取り組むことです」

石井さんの関心は、AIより、100年後も料理人がイキイキと働けるように最善を尽くすことにある。

シェフがAIに勝てる理由
未来を変える力は人間にしかない

Shinsuke Ishii
1976年、東京都生まれ。調理師学校卒業後、「オテル・ド・ミクニ」「ラ・ブランシュ」などを経て 渡仏。星付きレストランで修業後2004年に帰国。「フィッシュバンク東京」「レストラン バカール」のシェフを経て、16年に「シンシア」をオープン

10年後も作り続けていたい料理は?

クロマグロの料理
おいしさにメッセージも込めて

サステナブルの主張があり、おいしくて、ゲストの印象に残る。それが残したい料理の条件です。昔はそれほど食糧問題が深刻ではなく、また、生産者の顔も見えなかった。でも今は違います。環境に配慮しつつ、生産者を応援するのも料理人の役目でしょう。

こうした理由から、僕が現段階で10年後に残したいと思うのは、食糧問題や環境破壊を語るのにふさわしいクロマグロの料理です。今は大西洋産ですが、10年後には資源が回復した太平洋クロマグロで、この料理を作っていたいです。日本人にとって「マグロの刺身」といえば「醤油」。フランス料理に生のマグロを活かすのは難しかったのですが、根セロリ、カレースパイス、柑橘とのシンプルな組み合わせがキレのある旨味を生み出し、ほめていただいています。お客さまの目の前で、スパイシーなオイルパウダーをかけた時の煙が立つ演出も印象深いようです。

クロマグロ
乱獲が問題の太平洋産を避け、メキシコ湾、カリブ海、地中海などで獲れる大西洋クロマグロを使う。大トロや中トロなど、脂ののった部位を塊でオーダーし、サクに切って冷凍で管理。

A I にどんなことを助けてほしいですか?

顧客管理
満足度の高いおもてなしのため

僕たちが大切にしていることのひとつに「スタッフとお客さまの距離の近さ」があります。できるだけテーブルがオープンキッチンのほうに向くよう配置にも気を配っています。

料理はスタッフ全員で運びますから会話も弾み、スタッフはお客さまのことをごく自然に知ることになる。そこで得た情報はすべてデータにして保存していす。たとえば、これまでどのような方とどのくらいの頻度でお見えになったか。
どんな食材がお好みで、苦手なものは何か。なかには仕事や家族構成について話されたり、「家が遠いので」とお帰りの時間を指定される方もいて、そこからお客さまのライフスタイルが見えてきたりもします。店ではお客さまに合わせて違う料理をお出ししているので、それが次にご来店された時の情報源になるのです。ただし、顧客管理データをまとめるには結構時間がかかるので、ごく簡単にできるAIがあれば活用したいです。

A I 時代はコワくない シンシア 石井真介さん
ゲストの約7割がリピーター。来店回数が増えるたびに情報が集積されていく。予約が入ると石井さんはデータを参考に、それぞれのゲストの好みに合った重複しないメニューを考える。

料理人が大切にすべきことは何でしょうか?

労働環境の改善
AIに負けないためにも魅力的な職場に

食材と食べる人をつなげる

僕の修業時代、シェフたちは厨房にこもりっきりで素晴らしい料理を作り続
け、その姿に憧れたものでした。また、長時間にわたる労働も当たり前と思っていました。けれど、自分がシェフになった今、それではいけないと考え始めました。

料理人の目標は、おいしい料理を完成させてお客さまに喜んでいただくことにありますが、長時間労働の日々が続くと、機械的に仕事をこなすだけで、誰に向けて何のために料理を作っているのかがわからなくなってしまいます。それではAI問題以前に、若い人に不人気の業界として、すたれてしまうのではないでしょうか。
「やりがいのある分野だから頑張る。AIに負けてたまるか」と若い人たちに思ってもらえるように労働環境を整える必要があるでしょう。そして、「食」の未来を見つめて積極的に活動を続け、後輩が憧れるような料理人を、僕自身もめざしていきたいと思います。

シンシア 石井真介さん
「スタッフが安心して働けるように待遇面を考慮しているつもりです」と石井さん。オリジナリティー溢れる料理はもちろん、スタッフのチームワークの良さも「シンシア」の人気の理由だ。

10年後も作り続けていたい
ひと皿

クロマグロ


シンシア
Sincère
東京都渋谷区千駄ヶ谷3-7-13
原宿東急アパートメントB1F
B1, 3-7-13,Sendagaya,Sibuya-ku,Tokyo
03-6804-2006
● 11:30~15:00(13:00LO、土のみ)
18:00~23:00(20:30LO)
●日 、第1・3・5月休


上村久留美=取材、文 中西一朗=撮影
text by Kurumi Kamimura photos by Ichiro Nakanishi

本記事は雑誌料理王国第291号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第291号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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