長くジビーフを使うシェフは「この2〜3年で肉質が変わった」と異口同音に言う。何が変わったかを問うと「(西川)奈緒子さんの育て方と新保さんの手当て」とまたも口をそろえる。
では当のサカエヤ、新保吉伸さんはいまのジビーフをどう捉えているのだろうか。「肉の質が安定し、北海道での枝肉の分割などずいぶん扱い方も確立されてきましたね」
本来なら枝肉で輸送したい。しかしコスト等の事情が許さない。それでも継続するうちに部位や月齢への考え方、個体差を越えジビーフという牛肉の特徴が整理されてきた。十勝の加工場ともやりとりを繰り返して、要望も伝わりやすくなった。
新保さんは時間さえあれば、取引のある飲食店で食事をしている。それは自分が届けた肉がシェフの手によってどう提供されるかを知るためでもある。提供される料理がわかれば、どんな肉をどう手当てするかが明確になる。
「いま北海道から滋賀への輸送は、部位ごとに大きく分割してもらって送ってもらっていますが、骨つきのロース、ランイチ(ランプとイチボ)、肩ロースはそのまま。同じく骨つきのウデとモモ肉はパックに入れて軽く脱気。バラとヒレは真空にかけて送ってもらっています」
もちろん、最終的にどんなシェフが調理し、どんな客が食べるかも想定した上での指示である。やわらかいヒレは、熟成や「ヘタをすると腐敗」に向かうスピードが早い。完全放牧でよく運動するジビーフはなおのこと。ふだん真空を使わないサカエヤにしては珍しい手当てだ。
「フィレ肉は銀座のレストラン、ラフィナージュへ。高良(康之)シェフは肉の扱いをとても深いところで理解されているので、どんなお肉を送っても、肉に合った保存をして上手に使ってくださいます。ジビーフを扱い始めた頃、僕が『(熟成を)やりすぎたか……』と悩んだ肉も上手に扱ってくださいました」
そして北海道から届いたジビーフで唯一扱いが違うのが、ロースである。他の部位が店内に3つある冷蔵庫に直行するなか、ロースだけは熟成に最適化された微生物環境がととのう熟成庫へ。庫内の環境を統べる〝御神体〞で熟成のベースを作り、その後冷蔵庫で最小限の水分を調整してから、駒沢のイルジョットに送られる。
「サカエヤの肉のみを扱っていて、微生物環境のととのった肉専用の冷蔵庫もある。イルジョットはうちの肉を保存する環境がととのっているんです。多少浅い状態で送っても、高橋シェフが上手に仕上げてくれますから」
部位だけではない。ジビーフの月齢によっても〝手当て〞は変わる。比較的水分量が多い月齢24ケ月程度の牛は冷蔵庫でていねいに水分を抜き、その後、熟成庫で筋繊維を緩めていく。
対して30ケ月以上のジビーフは肉の繊維が既にある程度緩くなっていて、水分も早く抜けやすい。こうして月齢と部位、レストランでの提供のされ方をイメージしながら仕上げていく。
唯一無二の素材を、卓上で食べる客の姿まで想像しながら仕上げていく。ジビーフはまぎれもなく、肉のオートクチュールなのだ。
搬入された牛肉はサカエヤの熟成庫か冷蔵庫に一旦運び込まれ、その後肉の状態を確かめながら、両者の間を往復し続け、熟成を仕上げていく。サカエヤの熟成室には”御神体”(写真の後ろに写った枯れきったように見える枝肉)と呼ばれる菌床枝肉があって、例えば、香りのきつい羊などは御神体の真下に置いて、熟成を強く効かせることも。
ロースやランイチなど、大分割された部位ごとに細かく分割して出荷する。この日は、”ウデ”として大分割されたものを、パーツごとにわけていく作業。牛肉で”ウデ”と言われるのは肩に近い部位で、焼肉店で希少部位とされるミスジやクリミ。加えて、ウワミスジ、トンビ(トウガラシ)という4パーツに分割される。それにしても仕上がりが美しく、さばくスピードも早い。
本記事は雑誌料理王国315号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は315号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。