地酒ってなんだろう。決してその地にとどまっているのではなく、その地の価値をここではないどこかに伝えるものでもある、と思う。
石川県・小松市、市街から車で20分ほど離れた山里。日本最高峰の醸造家のひとりで、生きる伝説でもある農口尚彦(のぐちなおひこ)氏を杜氏に迎えた「農口尚彦研究所」。ここに併設されたテイスティングルーム「杜庵」ではその実験が行われている。農口さんの酒と国内外の一流シェフのコラボによる「Saketronomy」だ。
Saketronomyは、地元農産物や食に関わるクリエイターの発信拠点を創造し、小松市を「美食のまち」として世界中の美食家達の「旅の目的地」とすることが目標のプロジェクトから生まれた。農口尚彦研究所を中心に、地元の有機JAS認証米の栽培農場である「護国寺農場」、有機JAS認証野菜の栽培農園「西田農園」が加わり、このメンバーで、「Sake」と「Gastoronomy」の融合をコンセプトとしたペアリングイベントを定期的に開催している。
1回目は、2019年3月25日に開催され、ゲストシェフにはフランス料理世界大会ボキューズドール 2019 の日本代表である髙山英紀シェフ(メゾン・ド・タカ芦屋)が参加。そして2020年1月24日、3回目のゲストシェフは、田中淳氏。名門「ピエール・ガニェール」にて、東京、パリで部門シェフを任され、以降欧州の名店で経験を積み2014年に独立。パリにて「A.T」のオーナーシェフとして活躍している。
今回提供されたのは10酒12杯のバリエーションと12皿のペアリング。田中シェフと杜庵のスタッフはこのペアリングで、テイストやテクスチャーというペアリングの基本要件だけではなく、温度、酒器という、さまざまな組み合わせの妙や楽しさを見せてくれた。
例えば1皿目、原木の石川県産しいたけを使った料理と(田中シェフのメニューには主要となる素材が書かれているだけで料理名としては記されていない)と「DAIGINJO 無濾過生原酒 2018」。ここで登場した酒器は越前塗。木の軽やかさがゆるやかに濃厚さを感じる酒の感覚的な重さを邪魔せず、液体をそのまま持っているような感覚。何の邪魔もされず酒そのものと能登の土と木の豊かさを引き出した料理が引き寄せあう。そして改めて酒器を見れば木のやわらかさ。
2皿目に「YAMAHAI MIYAMANISHIKI 無濾過生原酒 2018」と爽やか酸味を持つ木の芽、ハーブが使われた能登牡蠣。九谷焼の器、酒、料理の3者が早春を思わせる景色の中で一体化。続いて「冬の燗酒 無濾過 2018」。人肌よりやや低めの33度程度。
すずの酒器に入れられ、ほのかに指からぬくもりが伝わる。料理はシンプルながらも旨みを凝縮した冷製のハマグリに白ワインやゆず、ディルなどを強めの塩味で仕上げたあたたかいスープ。旨み、酒のやわらかさに、塩味と酸味という3つの組み合わせで、冷、温、熱の3つの温度帯の組み合わせでもある。
5皿目は能登のシマアジと田中シェフのシグネチャーである「カモフラージュ」が、小松産の五百万石を使った「JUNMAI 無濾過原酒 2018」と
9皿目には日向燗の「HONJOZO 無濾過生原酒 2018」と、これも能登のアマダイをバスク料理のピルピルでアレンジしたもの。もちろん随所に西田農園の野菜やハーブが、そこにある。いずれもテクスチャー、テイスト、温度、酒器のペアリングについてうならされながら、しかし、終始、笑顔になってしまう楽しい時間だった。
地酒が持つ魅力、地元食材の魅力。小松に誕生し、小松、石川、北陸の食材や文化と手を取り合い、さらに小松ではない人たちの感覚も加え、この地の魅力をここではないどこかへ。今後のSaketronomyへの期待も高まる。
【プロフィール】
岩瀬 大二 Daiji Iwase
ライター/酒旅ナビゲーター/MC
国内外2,000人以上のインタビューを通して行きついたのは、「すべての人生がロードムーヴィーでロックアルバム」。「お酒の向こう側の物語」「酒のある場での心地よいドラマ作り」を探求。シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長。シャンパーニュ騎士団認定オフィシエ。「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。ワインや酒に関する記事を専門誌、WEBマガジンにて執筆。MC/DJとして多数のイベントに出演。
当WEBにて、コラム:U23世代の料理の世界を目指す人に贈る酒とワインのコラム「SAKE for U23」も連載。