クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ(Club de l’Héritage Culinaire Français)、通称「クラブ・エリタージュ」は今年8月、伝統的フランス料理の継承を目的に40代を中心とする9名のシェフにより立ち上げられた会。その主催による晩餐会が10月23日に開催され、活動を本格スタートさせた。
「クラブ・エリタージュ」が冠している「エリタージュ」とはフランス語で「継承」という意味。「伝統的フランス料理の継承を目的に結成しました」と会長の石井剛さんは言います。立ち上げメンバーは、40代を中心とする9名のシェフ。料理人として脂がのり、互いに「フランス伝統料理に対する強い愛を持つ」と認める面々です。
「僕たちが今あるのは、フランス料理の先輩たちが脈々と、それこそ人生を捧げて学び、引き継いできた技術、知恵、情熱を継がせていただいたおかげ。当然、自分達には受け継いだものを次の世代に渡す義務があると思っています」(手島純也さん)。
石井さんも「何よりも次世代の育成が必要です」と話します。「きちんとしたフランス伝統料理を作るには多くの技術が必要で、その習得には現場での反復、経験の積み重ねが必須」。
技術を本当に自分の身体にしみ込ませるには、数年単位の厳しい鍛錬が求められます。「コスパ(コストパフォーマンス)」「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉がもてはやされる、近年の効率性重視の風潮とは相入れないものかもしれません。「しかし、そうして得た技術こそが、料理人としての揺るぎない基礎になってくれます。どの時代においても、それは変わりません」と石井さんは強調します。
「なので、基礎技術を身につける大切さ、それがいかに強力な武器になるかを、今こそ若い料理人にしっかりと伝えたい。クラブ・エリタージュでは講習会や研修制度の充実など、この道をめざす若者が学びやすい環境を整えていきます」。
また「食べてくださるお客さまがいらっしゃってこそ、僕たちの仕事は成り立ちます」と、手島さん。「食べることが好きな人、特に若い世代のお客さまたちにフランス伝統料理の魅力を発信することは、この先、大切になってくるはずです」。
こうした狙いのもと、クラブ・エリタージュでは来年、プロフェッショナル会員(若手料理人向け)と一般会員(お客向け)を募集する予定とのことです。
さて10月23日に開催された晩餐会は、そんなクラブ・エリタージュのキックオフとなるイベントでした。手島さん曰く「今日は僕たちの技術を、皿から感じ取ってください。それが、われわれの会を理解していただくいちばんわかりやすい方法です」。
提供されたのは、8名のメンバーたちによるコース。アミューズ3品、食後の小菓子3品を含め、前11品から成るその内容を追っていきます。
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まず、アミューズの担当は「ドロワ」森永宣之さん、「ア ターブル」中秋陽一さん、「ドミニク・ブシェ トーキョー」伊藤翔さん。
鯉のエスカベッシュ(左手前)を作った森永さん曰く「鯉の料理は1800年代のフランス料理の料理書によく登場します。そこから着想しました」。
ここでは、鯉の身に骨切りをほどこして揚げ、鯉のだしの中でしっとりと火入れした鯉の白子、鯉のムースと合わせています。それを筒状に整形してから蒸し、身の部分をエスカベッシュ(南蛮漬け)のマリネ液に漬け込んだ料理です。仕上げにサンセールのジュレとライムの皮のすりおろしを添え、さまざま角度からの酸味で奥行きを加えました。
中秋さんの「ルクルス・ヴァランシエンヌ」(中央)は牛タンとフォワグラで作る層状のテリーヌで、古典料理の冷前菜。丸く抜いたコンソメのジュレを添え、その深みのある旨みでテリーヌを引き立てます。
伊藤さんの料理は、豚足のガレット(右奥)。師匠であるドミニク・ブシェ氏のシグニチャーです。香味野菜と一緒にしっかりと煮た豚足を細かくほぐし、ポルト酒のソース、香味野菜のみじん切り、ハーブを混ぜ込み、メダル型に整形して外側がカリッとなるよう揚げました。トロリと濃厚な中身とコントラストを作ります。
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次いで、「レカン」栗田さんによる一品目の前菜が登場します。甘エビのアスピック(ゼリー寄せ)です。
甘エビの頭などからとったコンソメのゼリーで、コンフィでしっとりと半生に火を入れた甘エビの身を寄せ、甘エビのムース、黒オリーブとペドロヒメネスヴィネガー(深いコクと、少しの甘さを持つシェリーヴィネガー)のジュレとともに層を作りました。雑味を取り除いたクリアなコンソメの味わいと、複雑味を意識した濃厚なムースの口溶け、甘エビの身の甘みを引き出す繊細な火入れに、現代的な感覚が伺えます。
なおアスピックはフランスの宮廷で古くから作られていた前菜です。完成には手間と高い技術を要しますが、味にも見た目にも品格とインパクトを備える、古典料理における前菜の代表格。昨今まで料理人の手によってさまざまな解釈、アレンジが施されてきたこの料理を、基本に忠実にフランス料理らしく、より現代的に蘇らせました。
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2品目の前菜は、「メッツゲライ ササキ」福田さんによるパテクルート。2021年のパテクルート世界選手権で、福田さんが見事優勝した際に作った品を再現しています。
パテクルート最大のポイントは、外側のパイ生地をしっかり焼き切りながら、中のファルスをしっとりと仕上げる「焼き」の工程。「矛盾した要求なのです。そこをいかにして両立させるかが腕の見せどころ」。なおパイ生地はセモリナ粉を配合することで、ザクっとした食感を際立てました。
一方のパテでは、鴨肉に充分なマリネで酒の風味をしっかりと入れます。そのほか、つなぎであり、旨みと味の奥行きも足す豚肉ミンチ、カリッと焼いた鴨皮、煮詰めた鴨のフォン、フォワグラなども組み合わせます。
優しい味わいのビーツが、凝縮感のあるパテクルートを食べ進める上での箸休め的な存在となっていました。
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魚料理は、「シェ イノ」手島さんの担当。
「舌平目のブレゼ “アルベール”ソース」は、シェ イノの創業者、井上旭シェフのスペシャリテ。よって「ソース・アルベール」はシェ イノを象徴するソースの一つですが、手島さんは今回「自分なりのバランスで整えました」と言います。魚のだしやベルモットの量と煮詰め具合、モンテするバターの量などに独自性を出し、味のキレと深さを両立。まさに「古典を継承し今に生かす」の実践です。
クエはこんがりと、かつ中はしっとりと焼きます。クエの身ならではの弾力となめらかさ、品よく深い旨みをグッと引き出した火入れと塩加減です。シェ イノで定番の舌平目のやさしい味わいとは異なる方向で、白身魚の魅力を表現しました。
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肉料理は、「モノリス」石井さんによる鳩のパイ包み焼きです。
魚介類や肉のパイ包み焼きはモノリスの名物。中でも石井さんがくり返し作り込んでいるのが、今回提供した鳩とフォワグラのパイ包み焼きです。「火入れの勘所は抑えています。今日は37台焼きましたが、一つ残らず理想通りの仕上がりでした」。まさに達人技です。
ジューシーな火入れの鳩胸肉、とろけるようなフォワグラ、サックと焼き上がったパイ生地、つややかでコクのあるサルミソース。みな、それぞれが持ち味を主張しながら調和します。「これぞフランス料理」という魅力が詰まった品です。
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デザートは、「ジョエル・ロブション」関谷健一朗さんが担当。
ウフ・ア・ラ・ネージュは、泡立てた卵白で作る淡雪のようなデザート。ビストロなどでも提供される古典デザートの定番です。それを関谷さんはヴァニラビーンズを香らせ、絹のようになめらかな泡立ちとし、適度な弾力とやわらかさを併せ持つ食感にすることで、この日のコースの締めにふさわしい高みへと引き上げます。
今回はそのウフ・ア・ラ・ネージュを、薄く焼いたサブレ、その上に忍ばせたリンゴとキウイのコンポート、ピスタチオのムースなどと組み合わせます。この仕立ては実は関谷さんが昨年、日本人で初めて受章したM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)の実技審査の際の課題料理でした。
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この後、森永さん、中秋さん、伊藤さんによる小菓子とカフェが提供され、晩餐会は終了しました。
この日のコース全体で特筆すべきだったのが、食後、胃にほぼ負担がなかったこと。「フランス伝統料理は重い」というイメージを払拭するもので、「フランス料理を継承することは、学んだままをくり返すことではない。時代に合わせることが必須」の例を体感しました。それと同時に、伝統的フランス料理ならではの食後の長い余韻があったことも印象的です。
クラブ・エリタージュのシェフたちの意志と、それを実現する技術を強く感じた晩餐会。これからの活動への期待をかき立てる一夜でした。
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Text:柴田泉 photo:クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ提供(一部料理写真:柴田泉)