12月の垢を落とし、清貧の1月を迎えたイギリス。今や世界的な動きとなっているヴィーガン月間「ヴィーガニュアリー」がやってきた。2014年の発足から10年。今や無視できない1月の風物詩について、ぴったりのレストランとともに考察する。
祝祭の12月が過ぎ去り、僧侶のように「飲まぬ」「生臭は食わぬ」とご馳走を突っぱね、背筋を伸ばす今日この頃のイギリスである。
「飲まぬ」のスローガンは、「Dry January(禁酒の1月)」だ。クリスマス時期のお酒をしっかりと身体から抜くため、パブへ行ってもノンアルのビールやカクテルをたしなむ。もちろん飲食店も特別メニューで迎えてくれるので安心だ。
そして「生臭は食わぬ」のほうはVeganismとJanuaryを掛け合わせた「Veganuary / ヴィーガニュアリー」と呼ばれるムーブメントで、これも1月の風物詩となっている。ヴィーガニュアリーは今でこそ世界に広まる動きとなっているが、ここ英国が発祥の地。
ご馳走をいただいて重くなった身体を軽くするため、1月だけでも肉も抜いちゃおうという趣向だが、実際は動物福祉を背景にした英国らしいラディカルな動きの一つだ。同名の非営利団体が2014年に立ち上げた運動なので、ヴィーガニュアリーは2024年1月をもって、ちょうど10周年を迎えることになる。
ヴィーガニュアリー発足からすぐに参加者は増え続け、2023年1月は 約70万人が登録。ひと月ヴィーガンに挑戦した。しかし挑戦するのは、消費者だけとは限らない。
イギリスの1月は業界全体がヴィーガン祭りとなり、レストランからスーパーまで全セクターで野心的なヴィーガン商品が開発されるのである。これだけ力を入れる背景には、英国におけるヴィーガン人口の急増がある。18〜24歳のZ世代の5人に1人がフレキシタリアン、10人に1人がベジタリアン、そして5パーセントがヴィーガンと言われるベジ国家なのだ。将来的にはもっとヴィーガンは増えていくだろう。
動物への愛護精神が強いイギリスでは、菜食主義の長い歴史がある。実際ヴィーガニュアリー運動もこの流れから生まれた。ゆえに菜食人口も他国に比べて比較的多く、ロンドンはヴィーガン運動を早くから牽引する都市である。
そのロンドンのSoho地区で1988年に創業した「Mildreds / ミルドレッズ」は、英国における菜食主義カルチャーを代表するパイオニア的なレストランの一つ。その味の良さからロンドンっ子たちにこよなく愛されている。
このミルドレッズが2021年末、セカンド・ブランドとしてより新世代を意識した「Mallow / マロウ」を立ち上げた。先日ヴィーガニュアリーにかこつけて足を運んでみたが、ヴィーガンをあからさまに主張することなく、その佇まいは実にエフォートレス。味に至っては久しぶりに膝を叩くような美味しさだったのだ。
無国籍ヴィーガンを旨とするマロウだが、インド料理をはじめ、アジア的なジャンルを作らせるとピカイチ。25年以上に渡って、ミルドレッズと同じ女性シェフ兼レシピ開発長が、一人で全体を監修しているからに他ならない。
またプラントベースの料理は豆腐やテンペなどの加工食品の品質が味の決め手になる。その点、マロウではUK発の非常にエシカルな小規模ベンチャー企業とコラボすることで、心のこもった料理を提供することに成功している。
ヴィーガニズムは人類の未来なのだろうか?
動物性食品に頼らないという意味で、気候変動への有効な対策と考えられているのは周知の通り。英国では現在、国土の約7割が農業用の土地であり、このうち畜産に使用している土地が85パーセント。しかし人に必要なカロリーのうち供給できているのは32パーセントのみ。同じ数の人口をプラントベースの食事で養うのに必要な土地は、その6分の1だそうだ。残りの土地は自然回復させ、再緑化することで炭素排出量削減に貢献できるという考えが、ヴィーガニズムの根底にある。
ヴィーガニュアリーのウェブサイトで面白いプレスリリースを見つけた。地球の未来でもある宇宙開発において、宇宙飛行士の皆さんや、将来の移住者たちの食事は必然的にまずはプラントベースになるのは必須とのこと。これにひっかけ、ロケットにヴィーガニュアリーのロゴが入ったフラッグを乗せてISS国際宇宙ステーションに送ってもらったというのだ。
2024年1月の創設10周年を記念したキャンペーンだったそうだが、ここまでくると堂に入っている。ヴィーガニュアリーのフラッグは宇宙空間を275日、遊泳したそうだ。
ISS国際宇宙ステーションでは早い時期から植物栽培実験を続けており、品種によっては収穫にまでこぎつけているという。宇宙で作った野菜を宇宙で食べる未来も、そう遠くないのかもしれない。
Mallow
https://mallowlondon.com
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni