ジャック・ボリーとルノー・オージエ、二人のM.O.F.の「伝統の継承」


「天皇の料理番」として知られる秋山徳蔵氏が、パリでエスコフィエから直接料理を学んだのは、今から110年ほど前のこと。日本人とフランス料理の歴史は長い。

そんなフランス料理の歴史には、その屋台骨を支える「ひと」の存在がある。本場フランスで、フランス料理の文化の支え手とされているのが、M.O.F.と呼ばれる、国家最優秀職人章を受章した、フランス版人間国宝とも言えるシェフたちの存在だ。その試験は、料理の技術や実際のレストラン運営はもちろん、フランス料理の歴史や文化の知識も問われる。まさに、文化の支え手としてふさわしいかが問われる試験だ。

日本在住のシェフとして初のM.O.F.となったのが、1982年、当時東京のホテルオークラの「ベル・エポック」のシェフを務めていたジャック・ボリー氏。そして、それから37年の時を経て、2019年、東京のホテルニューオータニ内の「トゥールダルジャン 東京」のシェフ、ルノー・オージエ氏が受賞した。

そんなM.O.F.の2人の「技の伝承」ともいうべきイベントが、23年11月2〜5日に行われた。ボリー氏とオージエ氏に、M.O.F.として残していきたいもの、日本だからこそ生み出せるフランス料理について話を聞いた。

――日本に来た当初と、今のご自身の料理は異なっていると思いますか?変わったとすればどんなふうに変わったのでしょうか?

ボリー)私が初めて日本に来たのは1971年、25歳の時です。もう52年も前になりますね。当時はフランス食材そのものを手に入れることがとても難しくて、フランスの鶏と同じものを探して名古屋コーチンの雄が一番近いと気づいたり、食材を探すところから始まりました。それに、私自身の日本の食に対する感覚も違いました。当時納豆は食べ物だとは思えませんでしたけれど、日本人の妻と結婚して、自然に食べるようになり、今は大好きです。作る料理もやはり変わって当然ですね。

食材探しは大変でしたが、日本人は真面目で、器用、献身的です、素晴らしいチームと働けたと思っています。

オージエ)私は来日して10年になりますが、やはり日本の季節感への理解が深まったと思います。フランスと日本の季節感は違います。例えばイチゴはフランスでは、露地栽培が多いため、春の終わりから初夏にかけての果物ですが、日本ではハウス栽培が主流のため、12月から2月にかけてが出荷の最盛期です。お客様の嗜好に合わせて、フランスの季節とは違う日本の季節も取り入れ、フランスと日本の季節感を両方表現することで、より繊細な季節感が伝えられていると言えると思います。また、産地訪問を行うことで、日本の地方料理についても学ぶことができています。最近では、テタンジェコンクールの日本予選で優勝したスタッフ、但馬彰典氏と共に大分県を訪問。それをどう活かしていくかを考えているところです。

10年前と比べると、フランス料理全般に、これまでファインダイニングでは登場してこなかった食材が使われるようになりました。例えば豚肉や青魚など。
うちでは出していませんが、新しい種類の魚の活用も、日本の素材の品質を理解した上で、取り入れていこうと思っています。
ただ、例えばアボカドを使うことはありません。確かに油分があって美味しくはなるのですが、どうしてもアメリカやメキシコの食材というイメージが拭えないからです。フランス、あるいは日本に根を張った食材を使っていきたいと思います。また、日本の固有食材は使いません。旨味、出汁、というのは海外でも人気がありますが、東京のトゥールダルジャンで喜ばれるとは今のところ考えられない。しょうがやわさび、醤油も使わないです。
先日、パリのフランク・ヤニックシェフは日本のたこ焼き器を買って、オリジナルの生地で作った料理を出しましたが、日本で同じことをするかというと、やりませんね。ここでお客さまが期待してくださるものとは異なるからです。

――伝統の継承とは、どんなものだと思いますか?

ボリー)時代によってお客様が求めるものは変わってきます。伝統のレシピを学ぶなど、伝統を知ることは非常に大切ですが、それが頭でっかちになり、ある意味哲学的になり過ぎて、目の前のお客様を見なければ、本末転倒です。一番大切なのは、お客様をおもてなしして、幸せな気持ちになってもらうこと。そこに、新しい料理の発想の原点があると思います。

オージエ)新しい料理とは、伝統という木の幹から生まれた枝のようなものだと思っています。急にどこからか湧いて出たものではなく、伝統とのつながりがあり、そこに根差している。今の料理は化学実験の要素が強すぎる。確かに、ソースの作り方など、料理には科学的な側面がありますが、実験室から生まれたものではなく、人間の間で培われた伝統の結果生まれたものです。どこの幹から生まれたかわからない、宇宙から来たようなものは、きっと長続きはしないと思うのです。

――自分の役割をどんなものだと思いますか?

ボリー)やはり、文化の継承です。特に大切なのはソース作りだと思いますが、そもそもはフランス料理の伝統全部が、忘れ去られて欲しくない、という思いがあります。フランス料理が大好きで、フランス料理に関する初版本を200冊ほどコレクションしていましたが、高齢になり、一人娘は料理業界で働いているわけではないので、これを残しても正しい価値をわかってもらえないだろうと、2年前にオークションにかけて売ってしまったのです。今でも、売ってしまったことを少し後悔しています。文化というのは、それと同じで、一回失われてしまったら、元に戻すのが難しいもの。今もM.O.F.を目指す多くのシェフから連絡をいただきますが、私のできることは持っている知識を継承していくことだと思っています。

オージエ)私がM.O.F.をとる際に、ボリーシェフからたくさんのアドバイスをもらいました。ですから逆に、これからM.O.F.をとりたいというシェフたちをサポートしたいと思っています。伝統を継承する義務があると思っているのです。例えば、大皿の料理はエスコフィエの本などでみたことはあっても、作ったことがある人はごくわずかでしょう。こういった料理についてのコツなどは、経験者の口伝しかないと思います。

ボリーシェフがおっしゃるように、時代にあった全て伝えることはできないのは残念なことですが、人間の記憶に残ったものは、のちに再び誰かが取り上げることもある。たとえば、ピエール・エルメが取り上げるまで、マカロンはおばあちゃんの食べ物だった。エルメは忘れ去られかけていたものを再び取り上げて、それを生かしたのです。
全てを伝えるということができないけれども、忘れられ消えてしまうものもあれば、誰かの心に残って、天才が拾うこともあるということだと思います。

――ボリーさんは、ご自身にとってどんな存在ですか?

オージエ)心のエレガンスを持っている方だと思います。M.O.F.というのは、技術だけでなく、エレガンスや人間性、マナーが大切。そこも磨いていかないと思っています。

――これから、どんなフランス料理を作っていき、どんなことを目標にしたいと思いますか?

オージエ)今の時代はサステナブルやSDGSへの取り組みも重要です。日本の伝統を解釈し理解した上で、自分たちが生み出す新しい料理にどう取り入れていくかを考えたいと思っています。

取材・文:仲山今日子

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