2024年11月15日(金)に東京・世田谷の東京山手調理師専門学校で「米国産ポテトクッキングセミナー〜ヤングシェフポテトチャレンジ〜」が開催された。
ヤングシェフポテトチャレンジとは、米国ポテト協会による特別授業のことで、未来のシェフを目指す学生たちに向けて、デモンストレーションや実習を通してアメリカ産ポテトの魅力や味の違いをレクチャーする取り組み。
セミナーは三部構成で行われ、第1部では米国ポテト協会の牛丸雅生氏が登壇し、アメリカ産ポテトについての理解を深めた。
第2部では石巻グランドホテルの総料理長などを勤めた高野亮シェフがアメリカ産ポテトを使用した料理2品「サーロインステーキとポム・グランメール風」と「シェパードパイ」のデモンストレーションを実施。
第3部では、セミナーに参加したキャリアアシスト科2年生の生徒たちがデモンストレーションで学んだ料理にチャレンジした。
米国ポテト協会は、アメリカの約2,000のポテト生産者を代表する非営利団体で、アメリカ産ポテトの輸出促進を目的とし、生産者のためのマーケティングを行うほか、アメリカ産ポテトの優位性や品質についての啓蒙活動も実施している。
第1部では同協会の牛丸雅生氏が登壇し、まずはアメリカ産ポテトの特徴と生産環境について映像資料と合わせて紹介した。
農業大国・アメリカにおいてポテト(馬鈴薯)は年間約2000万トンを生産し、輸出品の柱のひとつとなっている。そのため、アメリカ国内で注力・投資されている分野であり、農場から製品化まで最先端の技術が活用されている。
生産現場では、水やりや肥料を散布する自動灌漑システムから収穫するまでのほとんど作業をオートメーション化。それにより、少ない人数でも広大な農地の管理が可能になり、天候に左右されにくい安定した供給だけでなく、持続可能な農業も実現していることも解説した。
冷凍フライドポテトの2023年1~12月の輸入総量は、約41万5千トンである。そのうち米国産は24万7千トンであり、約60%のシェアを占める(財務省通関統計)。
「フライドポテトを頼んだら、すごく長いポテトが入っていることがありますよね。それが、アメリカのフライドポテトです」と、アメリカ産ポテトのレプリカを生徒たちに見せる牛丸氏。「アメリカ産ポテトの実物大がこれです。日本の一般的なポテトと比較すると大体3倍くらいあります。大きいですよね」。
長くて大きいポテトはアメリカ産ポテトを代表する品種のラセット種で、主にフライドポテトの原料として使用される。ラセット種は果肉の固形量が多く、水分量が少ない特徴があり、揚げると外側はカリッと内側はホクホクに仕上がるだけでなく、揚げ油の消費を抑えるという側面も。まさにフライドポテトに最適な品種と言える。
フライドポテトはアメリカの国民食であるとともに、アメリカから輸出されるポテトの約9割を冷凍フライドポテトが占めることからも、品質や安全性にはひときわのこだわりがあり、アメリカでは世界で唯一、冷凍フライドポテトに厳格な規格を設けている。
長さ、色、水分量などの等級基準のほか、商品の袋には何センチ以上のポテトが何%含まれているかといった細かな情報表示を義務付けるなど、安定した高品質な製品を確立している。
「ポテトが長いという点は、収益向上にもつながります」と牛丸氏。同量の各国産フライドポテトを比べたとき、長さのあるアメリカ産ポテトのサービング数が多いという研究結果が出ていると話す。「つまり見栄えがするということ。同じ重量でも多く見えるアメリカ産ポテトは、お店に利益を生じさせることができます」。
ここで、教室ではヨーロッパ産とアメリカ産のフライドポテトの食べ比べが実施された。「ヨーロッパ産ポテトは粘度のあるしっとりとした食感で、アメリカ産ポテトはカリッとホクホクな食感を楽しめると思います」という説明を耳にしながら、食感や味を確かめるように味わう生徒たち。ほとんどの生徒が産地の異なるフライドポテトを食べ比べたのは初めてのようで、想像以上の違いに驚いた様子を見せていた。
牛丸氏は、「どちらがおいしいということではなく、違いを感じていただきたい。同じ品種のポテトでも産地によって食感も味わいも異なるということ。今日お話ししたことや経験を、今後のレシピ作りやメニュー開発、飲食店経営などの際に役立ててもらえればうれしいです」という言葉で締めくくり、第1部の授業を終えた。
続いて第2部では、高野亮シェフが登場。現在、石巻市で自身のお店を営む高野シェフは、都内やヨーロッパで研鑽を積んだ後、ホテルの総料理長を長く勤め、ハインツなど国内外の食品会社で商品開発やコンサルティングを担当するなど、多彩な経歴を持つ人物。授業でも、さまざまな視点で食と携わってきたシェフならではの指導が行われた。
デモンストレーションでは、アメリカ産のポテトフレーク(ディハイ〈乾燥〉ポテト)を使用した「シェパードパイ」と、“ポン・ヌフ”(ポム・フリットとも言う)という太いフライドポテトを使った「サーロインステーキとポム・グランメール風」の2品を披露。生徒たちはキッチンを取り囲み、シェフの一挙手一投足に熱い視線が注がれた。
パイ生地を使わずにマッシュポテトをミートソースにかぶせて焼く「シェパードパイ」は、もともとアイルランドの伝統的な料理。ポテトフレークを活用することで、より手軽に作ることができると高野シェフは説明。「ミートソースをカレーやハッシュドビーフに置き換えることでさまざまなメニューへ派生できる料理です」。
アメリカ産ポテトフレークは、日本では主にポテトチップスなどのスナック菓子や、コロッケの種といった工業製品で多用されるほか、介護食や病院食のとろみ付けなど、生のポテトではカバーできない場面にも臨機応変に活用されている。
「ポテトフレークは、目的によって水分量を変えて使えるのがポイントです。そのままの使用はもちろんですが、生のポテトは季節や産地により水分量が異なるので、ポテトフレークを上手に合わせることで調節し、いつも一定の品質に仕上げることができます。再現性というのは、私たち料理人にとって最も大切な要素のひとつ。常にコンスタントな味を提供できる技術がなければ、商売は成り立ちません」
「サーロインステーキとポム・グランメール風」は本来、“ポム・シャトー”と呼ばれる面取りしたポテトで作る。“グランメール”は、フランス語でおばあさんが作る家庭料理という意味だ。今回はポテトをポン・ヌフに置き換えソース仕立てにすることで、手軽さと満足感を加えた。
ポン・ヌフ(ステーキカット)は日本ではあまり出回っていないが、アメリカでステーキを提供するときに必ず添えられる太いフライドポテトのこと。多彩なカットのフライドポテトが楽しめるのも、高い技術のあるアメリカ産ならではの特徴だ。
アメリカ産冷凍フライドポテトは誰でもおいしく作れるのが、最も大きなメリットとした上で、このメニューのポイントを伝える高野シェフ。「ステーキの焼き方と、もうひとつはデミグラスソースの仕上げ方。分量通りにただ進めるとシャバシャバになってしまう。せっかくおいしく揚げたフライドポテトにしっかりとソースがコーティングされるような状態を見極めて仕上げていきます」。
外側から見てわかりにくいステーキの焼き具合は、側面を指で押すことで判断できると伝え、「何事も積極的に体験してみることが大切」と、焼いている途中のステーキを生徒たちに直接触らせた高野シェフ。レアからミディアムレアに変化する弾力の違いを確かに感じると、生徒たちは目を輝かせていた。
第3部では、生徒たちはそれぞれグループに分かれ、手際良く2品の料理に次々と取り掛かっていく。生徒たちの様子をひと通り見て回った高野シェフは、「ここの生徒さんたちは実習に慣れているのでレベルが高い。しっかりと役割分担もできているし、さきほど授業で伝えたほとんどのことはできていますね」とにっこり。
料理はグループごとに滞りなく次々と完成。試食する各テーブルからは、「シェパードパイは、ミルキーな仕上がりで思った以上にポテトの甘味を感じられる」「サーロインステーキとポム・グランメール風は、ステーキに負けないくらいのフライドポテトの存在感があり、食べ応えがある」「太いポテトがめちゃくちゃおいしい」といった声が上がった。
最後に高野シェフは「ポテトフレークと冷凍フライドポテトを活用した今日のレシピは、みなさんにとってはどちらも簡単だったでしょう。ただ、今回うまくできたからといって、次もうまくいくとは限りません。でも、それがとても大切なことなんです。失敗してどこが悪かったのかを考える。失敗をしないことには、見えないものがたくさんあるということを知っていてほしい。そこからさまざまな発見があります」と語りかけた。
「私が今日伝えたいことのひとつが、皆さんには好奇心を持って、可能性を追求してほしいということ。僕自身も面白そうだなと思ったものに対して、深掘りして探求してきました。これからお店やホテル、会社などさまざまな道に進むと思いますが、どの仕事についても自分という軸を持つこと。この学校が掲げている“新しい食を創り出し発信できる人”になってください」とエールを贈った。
text photo: 君島有紀