前編でお伝えしたように、ガストロミーを戦略的に世界展開している韓国。爆発的に加速するフックとなったのが「アジアのベスト50レストラン」授賞式誘致及びイベントの成功だ。後編ではその中心人物であるソウル特別市 観光・スポーツ局の局長、ク・ジョンウォンさんへの、江藤詩文さんによるインタビューをお届けする。
ソウルで2024、25年に開催された「アジアのベスト50レストラン」アワードは、韓国の農林畜産食品部(MAFRA。日本における農林水産省とほぼ重なる)、その外郭団体である韓国食品振興院(KFPI=韓国の食文化を国内外に広めるために設立された非営利団体)、ソウル特別市のタッグにより開催された。
それは単発的な取り組みではなく、韓国が国家として食文化をどのように位置づけ、どのように世界へ発信しようとしているかを国内外に示す、重要なピースでありマイルストーンであった。アワードの誘致と成功の背景には、明確かつ一貫した戦略と、行政・民間が連動して取り組む仕組みがあるのだ。
今回インタビューに協力してくれたク・ジョンウォン氏の言葉からは、その設計思想と現在地、そして次に見据える展望が浮かび上がってくる。

「アジアのベスト50レストラン」授賞式は、日本では2020年に佐賀県が誘致しましたが、コロナ禍で中止になりました。日本での開催を期待する声もある一方、自治体によっては、費用対効果に懐疑的な人も多いのが現実です。韓国ではどんなメリットを期待して誘致に踏み切ったのでしょうか?
「アジアのベスト50レストラン」及びその母体である「世界のベスト50レストラン」は、美食をテーマとした世界的なイベントに成長しています。オリンピックやワールドカップ、万博、ビエンナーレといった国際規模のイベントと同様に、韓国という国家のブランドを世界に向けて戦略的にアピールし、同時に経済効果を創出する機会と捉えました。
2年連続で開催した理由は、「Hansik(韓食)」をはじめ韓国料理の食文化を中心に、現代のソウルの多彩な食の魅力を発信することで「グローバルグルメシティ」としての存在感を確立するためです。

確かに、アワード期間には「コリアンフード」ではなく「ハンシク(韓食)」、「コリアンビーフ」ではなく「ハヌ(韓牛)」と、どのレストランでもくり返し発信したことも奏功して、この2年でアジアのフーディーに「韓(ハン)」がブランドとして定着した印象があります。アワード前後に開催されたレセプションでは、韓国企業が強い存在感を示していました。民間企業から、どのくらいスポンサーがついたのですか?
2025年は、「辛ラーメン」の農心(ノンシム/オフィシャル・パートナー)、大韓航空(オフィシャル・エアライン・パートナー)、キャッチテーブル(韓国のオンラインレストラン予約サービス。オフィシャル・パートナー)、グランドハイアットソウル(オフィシャル・ホテル・パートナー)の4社です。
外国人の私の目から見ても、1年目と比べて2年目のレセプションでは、経済効果の面でもブランド戦略の面でも成果があるように見えました。ランキングにもそれが反映され、先ごろ発表された2026年版のエクステンションリスト(51~100位)には8軒がランクイン。ベテランから若手までバランスよく、ソウル以外に釜山からも入りました。この結果だけでも誘致の成功が読み取れますが、クさんはどんな成果があったと考えていますか?
多くの面で今後に期待できる大きな成果を上げました。ランキングの面では、授賞式開催前と比較すると、ランクインした店の数が増え、順位も大幅に上がりました。リストに掲載されたレストランからは、予約や売り上げが急増したと報告を受けています。この結果はガストロノミー業界で大きな反響を呼び、好意的に受け止められています。経済効果は十分にあったと言えるでしょう。
とはいえ、このアワードの本質は、単にランキングや部門賞を競うことでも、経済効果だけを求めることでもなく、アジアのトップシェフが一堂に会することにあります。

国際的に活躍する各国のスターシェフが来韓し、コラボレーションなど交流の場を提供することで、ソウルのシェフたちは国際的なトレンドを体得し、「K-フード」にとどまらない「K-キュイジーヌ」の魅力を世界に発信する機会に繋がりました。この経験は、ソウルのさらなる美食の発展に役立つはずです。
また、イベント期間中に「K-フード」「K-キュイジーヌ」「K-ヘリテージ」を提供することで、韓国の食文化がいかに発展してきたか、物語としてアジアの美食コミュニティに示しました。
先ほどの「ハンシク(韓食)」や「ハヌ(韓牛)の「韓(ハン)」もそうですが、各種のイベントを「K-フード」「K-キュイジーヌ」「K-カリナリー」「K-ヘリテージ」にカテゴライズして、それぞれのイベント名に冠するなど、韓国の人たちはキャッチーなネーミングや、それを拡散・定着させることに非常に長けていると思いました。それぞれどのような基準でカテゴライズしているのでしょうか?
「K-フード」は、キムチやトッポギ、サムギョプサルなど、最も大衆的で広く知られているポピュラーな韓国料理全般を定義します。これらは親しみやすい観光コンテンツとして、幅広い層に届いています。
「K-キュイジーヌ」は、伝統的な韓国料理の中でも、洗練された芸術性を強調する言葉で、主にファインダイニングを表現します。品格を保ちつつシェフのクリエイティビティが卓越しているファインダイニング、たとえばミシュラン三つ星で、「アジアのベスト50レストラン」でも上位にランクインし続けている「Mingles」などが代表的な存在といえばわかりやすいでしょうか。
「K-カリナリー」は、「料理学」や「調理技術」といった、アカデミックでプロフェッショナルな視点に基づいています。調理技術の習得、料理人の育成といった教育的な側面もここに含まれます。
「K-ヘリテージ」は、「醬(ジャン)」の伝統製法や、「キムジャン(キムチ作りをする伝統行事)」の歴史を継承するなど、韓国の食文化の背景にある歴史的・文化的な文脈から起源を掘り下げています。

なるほど。「ソウルのファインダイニングの中で、どこがいいお店?」と漫然と問われても返答に詰まりますが、たとえば「ミングルスはK-キュイジーヌ」「オンジウムはK-ヘリテージ」など、言語化してカテゴライズでき、より理解が深まります。
こういったカテゴライズも韓国の食への理解の一助として、ランクインしたレストランをきっかけに、今後はより多くの旅行者が食を目的にソウルを訪れ、屋台料理からファインダイニングまで、韓国の食の魅力を体験することを期待しています。ランクインしたレストランが増えたことは、それを目的に旅行者がソウルを再訪する要因となると考えています。
ここ2年間、美食を目的に旅をするフーディーの中でもとりわけ活動的なスーパーフーディーがソウルを頻繁に訪れていますね。
そうですね。「アジアのベスト50レストラン」授賞式が単なる一過性のイベントで終わらないために、ソウル市では食の観光コンテンツの開発を継続しています。その代表的な存在がソウル市公認の美食ガイド「Taste of Seoul」。これを継続的に発表し関連イベントも開催しています。
2020年に開催された「Taste of Seoul」ローンチイベントには、私もお招きいただきました。あらためて「Taste of Seoul」を発足した背景をお話いただけますか。
ご存じのようにK-Popや韓国映画は「韓流」としてグローバルなカルチャーシーンをリードし続けています。その流れの中、文化・観光資源としての「K-フード」や韓国のガストロノミーへの関心も急速に高まりました。この勢いに合わせて、ソウルは国際的な美食としとしての地位を確立するために動き始めました。それが「Taste of Seoul」です。これはソウル独自の美食体験を広くお伝えするために、「ソウルのレストラン&バー100選」を毎年選定して発表しています。


自治体が特定のレストランを推薦することにも驚きましたが、独立した美食ガイドという存在にも驚きました。これは、たとえ「アジアのベスト50レストラン」や、同じく招致に成功した「ミシュランガイド」とは対立しないのでしょうか?
今挙げていただいたような、国際的に知名度の高い美食ガイドの多くは、海外パネルの視点による評価を提供しています。もちろんそれはグローバルスタンダードとして尊重すべきものですが、私たちは同時に、ソウルの食の多様性とその本質を余すことなく捉えた「地元が主導となる美食ガイド」を提示することも重要だと考えました。
私たちの目的は、グローバルなガイドと競うことではなく、それらを補完し、国内外多くの人にソウルの食文化をより深くより多角的に楽しむ方法を提案することにあります。
また、ソウルと世界の交流を食文化を通じて促進するために、以下のような幅広い体験プログラムを開発・提供しています。
これらを通じて、「Taste of Seoul」を、ソウル市民と旅行者の双方がソウルの多様な味わいを発見できる、世界に認められた持続可能な美食フェスティバルへと成長させていくことを目指しています。

韓国料理の知名度を世界的に広めるといえば、Netflixで2024年に配信された「白と黒のスプーン」の大ヒットが大きく貢献しましたね。
「白と黒のスプーン」のヒットが、シェフの真摯な姿勢や料理の文化的価値に光を当てる転換点となり、一般市民だけでなく、飲食業界全体に意味のあるインパクトを与えたことは間違いありません。とりわけファインダイニングに対する、一般の関心と興味は目に見えて高まりました。
なかでも注目すべき変化は、韓国でのファインダイニングの定義が拡大したことです。従来の「ミシュラン・スタイル」という枠組みにとどまらず、フランス料理やイタリア料理だけでなく、韓国料理や中国料理、さらには屋台料理や「粉食(ブンシク)」といった日常的なソウルフードでさえ、革新的な技術力に基づいたストーリーテリングと演出によって昇華され、洗練された解釈の上に成り立つ料理として提供されています。こういった一連の流れにより、消費者は料理の芸術性に対して理解を深めています。
たとえばバンコクの「Jay Fai」などがわかりやすい事例ですが、路上の簡素な食堂の日常食が、高品質な食材と技術の進化によって洗練されたものになり、そこにストーリーが加わって、ファインダイニングに並んで評価されるといった現象ですね。
それにしても「白と黒のスプーン」のヒットだけではありません。韓国は音楽、映画、ドラマといった文化やエンターテインメントの世界への展開、普及に長けていますが、その戦略は食のプロモーションに落とし込まれたり、転用されたりしているのでしょうか?
はい。韓流の文化コンテンツの輸出マーケティングと、韓国の食文化の世界展開におけるアプローチには、大きく3つの主軸となる戦略が共通項としてあり、韓流の成功モデルが、食のグローバル化に効果的に適用されています。
その3つというのは「国家レベルのブランディング戦略」「デジタルプラットフォームやインフルエンサーを活用した官民連携」「『K-アイデンティティ』というワードの拡大」です。
「国家レベルのブランディング戦略」としては、韓国料理を単なる栄養摂取ではなく、没入型の文化体験ができる「アドベンチャラス テーブル(冒険的な食卓)」というキャッチコピーのもとリブランディングしました。

「デジタルプラットフォームやインフルエンサーを活用した官民連携」は、YouTubeやNetflixといったグローバルなプラットフォームに、BTSやBLACKPINKといったインフルエンサーを合わせたように、食においても地域ごとの特性に合わせたマーケティング戦略を展開しています。
具体的には、中東や中南米では「K-フード アンバサダー プログラム」を立ち上げ、インフルエンサーを活用。欧米では、ポップアップやコラボレーションを展開して認知度を向上。韓国料理がすでに浸透しているアジアでは「K-ライフスタイル体験プログラム」として、より広い文脈で韓国料理を訴求しています。
「『K-アイデンティティ』というワードの拡大」は、言語におけるナショナル・アイデンティティの確立です。音楽や映像は「K-カルチャー」、美容は「K-ビューティー」、先にお話しましたように「K-フード」や「K-キュイジーヌ」といった言語を広めることで、記憶を定着させ、世界的な認知を強化しています。
とりわけ言語化の大切さは、このイベントを通して私自身が学んだことです。
文化コンテンツとの共通点をさらに深化し、料理だからこそ成立する独自のプロモーション戦略にも3つの柱を設定しています。
ひとつは「体験型エンゲージメント」。デジタルコンテンツとは異なり、食には五感を伴う相互作業が必要です。そのため「韓国料理外交」として、感覚・感情的なつながりを育むことを目的に、料理教室や市場の散策、ワークショップなど対面型の体験を重視しています。
2番目は「ローカライゼーション」。食の好みや嗜好は、その土地の気候風土とも密接な関係があり、地域によって大きく異なります。そこで現地の食習慣や嗜好を分析し、地域ごとに最適化して提供しています。伝統的な韓国料理はこうあるべきと押し付けず、単に食材や味付けを調整するだけでもなく、現地の食文化の伝統をリスペクトして最適化することで、その土地ならではの卓越した文化の融合を創出しています。
最後は「言語の拡張」です。『K-アイデンティティ』として自国の文化に誇りを持ち、例えば「コリアンピクルス」ではなく「キムチ」、「コリアンライスワイン」ではなく「マッコリ」といった固有の食材やメニュー名などの用語を、そのまま独立したグローバルブランドとして定着させることを推進しています。これにより、韓国らしさを維持しながら、世界中の人々が日常生活の食のシーンに、韓国文化を自然に取り入れられるように働きかけています。

日本人としては見習いたい点がいくつもあります。しかし、業界が成長している一方で、たとえば「白と黒のスプーン」のヒットの恩恵に与らなかったレストランは厳しい状況下にあるなど、マイナスな話を聞くこともあります。
はい。ポジティブな変化の一方で、業界は深刻な課題に直面していることも確かです。特に、人件費と食材費の高騰は大きな問題です。これは韓国に限ったことではないかもしれませんが、ソウルでは業界が急成長したからこそ、成長を続けながら、いかに持続可能な経営を維持していくかが、シェフやレストラン経営者にとって最大の懸念事項となっています。
厳しい事情もあってか、最近は海外に進出する韓国人シェフが目立ちます。たとえばニューヨークでは「ジョンシク」が三つ星に輝き、2024年に出店した「ジュオク」が早くも二つ星を得るなど、国外における韓国料理のファインダイニングが注目されています。海外進出に積極的なシェフには自治体がサポートするそうですが、具体的にお話いただけますか?
韓国食品振興院(KFPI)による「海外優秀韓国料理店支援事業」をご存じなのですね。公募を通じて、パリやロンドン、ロサンゼルス、シンガポールといった主要都市にある優秀な韓国料理店を選定しています。
選定された店舗には、たとえば以下のような多角的な支援が提供されます。

ちなみに、今回のインタビューは「アジアのベスト50レストラン」がメインテーマであり、ファインダイニングを中心に質問をいただきましたので、具体例でもファインダイニングを取り上げています。
ですが、重要なのは、この支援事業がファインダイニングのみを限定的にサポートしているわけではない点です。「3年以上の営業実績」や「メニューの60%以上が韓国料理であること」といった、公募で定めた基準を満たしていれば、よりカジュアルで一般的な韓国料理店も選定対象となります。これにより、海外における韓国の食文化が、より幅広い層に普及すると想定しています。
ガストロノミーツーリズムを発展させるために、釜山を第二の美食デスティネーションとして世界に発信する戦略はお考えですか?
授賞式を誘致した農林畜産食品部やソウル特別市が主催したわけではありませんが、釜山広域市が主催して、「アジアのベスト50レストラン」に影響力を持つと思われる選ばれたゲストを招待して、釜山へのガストロノミー・ツアーが実施されました。こういった地方都市の活動も、今年(2026年)の結果に関与していると思われます。
アジアの近年の事例で言うと、バンコクが成功していますが、バンコクのやり方にならってソウルをガストロノミーツーリズムのデスティネーションとして成長させようとお考えですか?
バンコクのやり方を踏襲することはありませんが、ソウル市は、世界をリードする美食都市としての地位の確立を明確な目標に掲げています。ソウルには、ガストロノミーツーリズムのデスティネーションとなる大きなポテンシャルがあると確信しています。
最後に、韓国人はお酒が強いという定説もあってか、近頃はバーホッピングを目的にソウルを旅する人が増えています。ソウルには新しい素敵なバーがたくさんオープンしています。噂では、ソウルは次に「アジアのベスト50バー」や「世界のベスト50レストラン」を招致するのではないかと言われていますが、いかがですか?
もちろん興味はありますし、可能性があるなら探っていきたいですが、現在のところ決まっていることはありません。

踏み込んだ質問にも、真摯かつ率直に答えてくれたク・ジョンウォンさん。回答の内容もさることながら、ソウル市の風通しのよさが最も印象に残った。
女性でフリーランスである筆者は肩書きを持たないため、正直なところ、そして残念なことに日本では社会的な格付けが低い。国や都道府県などの自治体に質問をしたとしても、門前払いとなるか、たらい回しにされるか、「担当外なので返答をいたしかねます」といった回答を得るのがオチなのだ。しかも相手は母国語(この場合は韓国語)を理解しない外国人だ。この対応からも、海外に対する韓国の姿勢との違いを感じた。
現在のところ「世界のベスト50レストラン」の誘致は具体的には決まっていないというが、韓国の飲食業界ではそれを望む声も大きい。日本も開催に向けて本腰を入れるべきなのか。それとも日本独自のスタンスを貫くか。
最近は、日韓ともに才能の国外流出といった新しい課題も生まれている。今後の韓国・ソウルの動きにも注目しつつ、日本の飲食業界の問題に共に向き合っていきたい。
text: 江藤詩文 Shifumy
Cover Photo: © JenDeBerigny / Asia’s 50 Best Restaurants
