「修業時代に働いていた店のシェフは、言うことがコロコロ変わるので、下で働く料理人は本当に大変でした。でも、同じ立場になった今、ふと気づくと僕も同じことをしている。自分でも驚きでした」と「ドンブラボー」のオーナーシェフ平雅一さんは笑う。理由は明快だ。
「無意識のうちに、刻々と考えをアップデートしているからなんです」
例えば、「この野菜はこのくらいの厚さがいいな」と思っても、次の瞬間には、「もっと薄いほうが相性はいいよな」と思う。どうおいしくするか、思考は止まることなく、アイディアは頭のなかを駆け巡る。「いくらAIが優れていても、こんなに頻繁にアップデートを繰り返す人間の思考スピードについていけるのかな、と僕は思います」
しかも人間には、DNAに刻み込まれた太古からの「記憶」もある。「だから料理人のような人間の五感を使う仕事は、AIの時代になっても100%残れると思っています」
そんな平さんだから、人とのコミュニケーションも大切にする。「僕、迷うと営業中でもすぐにスタッフに味見をしてもらうんですよ。みんなも慣れたモノで、僕がスプーンを差し出すと、すぐに味見して的確なアドバイスをくれます(笑)」
五感を駆使した創造力が、未来の扉を開けると平さんは信じている。
アーリオオーリオはパスタの基本で、イタリアではおふくろの味のようなものです。それだけに、シェフによって作り方はさまざまだし、「これが正解」というものもありません。
僕自身も独立してからは、このコースだったらこのアーリオオーリオ、単品で出すならこの味のアーリオオーリオといった具合に、いろんなアーリオオーリオを作ってきました。営業中だって、お客さまの年齢や食べるスピードを見て、ソースの量や味を微妙に変えたりしています。
正解がないから、逆に何でもあり。そういう料理は、シェフの感性や力量がいちばん出やすいと思うんです。逆を言えば、そういう料理は、AIは苦手なんじゃないかな、と思います。瞬間の味の微調整も、AIはあまり得意ではないと思うんですよね。
シンプルだからこそ、さまざまな可能性がある。アーリオオーリオは10年後にも残したい料理です。
一般的に「労働時間が長くキツい」というのが、料理人像だと思います。それは否定しません。でも、単純作業も多いんです。その仕事をAIがやってくれるようになれば、料理人の仕事はかなり変わってくると思います。とくに、正確な仕事や繰り返しは、AIの得意分野ですよね。
もちろん、野菜も切り方ひとつで味わいが全然違ってきます。だから、料理人は自分の目指す味にするために切り方もいろいろ工夫します。でも、そういう切り方もAIに覚え込ませれば、もしかしたら人間より上手に切ることができるかもしれません。
そうすれば、料理人の労働時間はかなり減ると思うし、料理人はもっとクリエイティブな仕事に専念することができます。もちろん、休みも増え、自由な時間も多くなります。
僕は、AIに単純作業をやってもらって、空いた時間を、考える時間にしたいですね。
単純作業をAIがやってくれるとすれば、料理人の役割は「考えること」。考えることを放棄してしまったら、明日はないと思っています。AIに仕事を奪われるどころか、今でもすでに仕事がないと思いますよ。
新しい料理を考えるというだけでなく、お客さんの様子を観察し、敏感に察知して、その日のそのお客さんに合った料理は何か、を考え、同じコースの料理でも、それぞれのお客さん用に微調整すること。それも、十分にクリエイティブな仕事だと思います。
だからこそ、サービスのスタッフには「お客さんが『おいしかった』と言ってくれたら、必ず僕に伝えてくれ」と言っています。僕がよかれと思ってやっても、お客さんはおいしいと感じないかもしれない。そのすりあわせは、常にやっておかないと独りよがりな仕事になってしまいますから。
考える習慣を身につけること。それは料理人にとって重要なことだと思います。
ドン ブラボー
Don Bravo
東京都調布市国領町3-6-43
042-482-7378
● 11:30~15:00(14:00LO)18:00~23:00(22:00LO)
● 水休
● 20席
www.donbravo.net
山内章子=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国第291号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第291号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。