「食べる」と「作る」のフラット化が加速する!?コロナ時代に考えること


本記事は、5月7日(木)発売の料理王国6・7月合併号緊急特集「コロナ時代の食の世界で新しい「ものさし」を探しに。」に掲載中の記事から、現在の状況を鑑みて特別に公開するものです。

若林恵×平山潤がアフターコロナの世界を展望する

「食べる」と「作る」のフラット化が加速する!?コロナの時代に考えること

刻々と状況が変化するなか、重要なのは本質を見つめ直すこと。
テクノロジー、音楽、行政と縦横無尽に横断する元『WIRED』日本版編集長、若林恵さんと、以前より交流のあるミレニアル世代の社会派webマガジン『NEUT Magazine』編集長、平山潤さんに、コロナの時代と食について語ってもらった。

実は、コロナ後も飲食の世界に変化はない!?

――現在(取材は4月14日)、飲食店が営業を自粛しているなかで、お二人はどんな食生活を送っていますか?

平山潤(敬称略、以下平山)今はもっぱら自炊です。ひとり暮らしなので、当然誰とも会話せずに食事が終わる。何も生み出さない。こうなってみて、自分にとっての「食体験」は、お店に足を運んで、友人やシェフなど誰かがいたり空間や音楽があったりすることで成り立っていたのだと、改めて実感しているところです。

若林恵(敬称略、以下若林)僕は、普通に「なか卯」と「ココイチ」ですよ、毎日。

――本当ですか?(笑)コロナ前からですか?

若林 コロナ前は、割と「富士そば」がメインだったんですけれど(笑) 。事務所がある虎ノ門周辺は飲食店の選択肢があまりなくて。

平山 若林さん、昔、岸朝子さんの担当だったんですよね。

若林 岸先生の連載を4、5年担当していました。

平山 今回、初めて知りました。全然そういう一面を見せないじゃないですか(笑)。

若林 そうでもないですよ、おいしいもの好きですよ。当時、岸さんといっしょに「青柳」にも行きました。平山くんに一応解説しておくと、基本的に衣・食・住の順番で欲望が満たされていくというのがここ30年くらいの雑誌の世界で起きてきたことで、80年代は基本的に着る物がテーマなんですよ。で、90年代になると食べ物の話が出てくるわけです。最初にフレンチブームがきて、そのあとイタリアンブームがきて。

平山 「イタメシ」とか。

若林 そうです。で、90年代終わりになると「Casa BRUTUS」などが立ち上がり始めて、住の方にシフトしていくんですよ。僕が「太陽」にいた95年~2000年には、食のテーマもやりつつ、97、8年くらいから徐々にインテリアや古民家の再生にシフトする流れがあって。その後、北欧ブームで衣食住が満たされたら、トレンドの機軸がなくなりました。

平山 2000年代がインテリアや住空間の話なら、2010年代はさらに丁寧な暮らしという言葉がひとり歩きするくらい、ライフスタイルが中心になってきましたよね。自分の暮らしを良くすることに関心が高いのが、僕らのようなミレニアル世代。そこからさらに、社会や環境など外に向けての関心が高いのが、たぶんZ世代なのかな。

――食の分野でもここ数年、SDGsを意識した取り組みも目立つようになってきていました。一方、一部のレストランでは同じ顔ぶれの美食家たちで席が回るという閉じた世界も現れていたところで、今回のコロナ禍。ここから、潮目が変わるのでしょうか。

若林 コロナ以前に、インターネットによって、飲食がどう変化しているか俯瞰すると、音楽産業の構造にも通じるものがあって。90年代までの飲食産業ではメディアドリブンでトレンドを生み出し、有名シェフが現れるある種のスターシステムができあがっていたんですよね。それが2000年代、インターネットの台頭によりそのシステムが解体されました。さらに解体が進んだ結果、個人プレイヤーが増加すると、さっき平山くんが言った「丁寧な暮らし」みたいな流れと合流する形で、気の利いたパン屋やコーヒー屋が登場します。片や、ひたすら効率化を図ったセントラルキッチン方式の多店舗展開モデルも拡大していて、二極化の傾向が見られますよね。ただ、極度に効率化した先にあるのは、無人化や味の画一化。そのオルタナティブとして、NYやイギリスでは参入障壁の低いフードトラックのような業態が出てきて、それを束ねる業者も現れます。そこは、プレイヤーを育成すると同時に、食の多様性を生み出す場所なんですよね。

平山 それって、食べる側にとっても選択肢が増えて、楽しい話ですよね。

若林 だから、そういった食のダイバーシティ化や、フードトラックやゴーストレストラン、シェアキッチンなどの増加による分散化が起きているのは、ずっとポジティブな状況だったはずなんですよ。で、その流れがコロナで止まる話でもないような気がしています。

「食べること」は消費から生産へ移行する?

――確かに、本誌4月号(特集「フードイノベーションの見取り図」)でもITの活用によって拡大するデリバリーサービスや、場所にとらわれないフリーランスシェフを取り上げましたが、今回の件でそういった動きが止まることはない、と。

若林 このコロナ禍で、社会的に一番問題なのは、人が病院に来ること。基本的に病院のモデルというのは、体調が悪かったら来院してくださいというサービスだったわけですよね。でも、今は、院内感染が起こるから来ないで欲しいとなっている。だったら、家で寝てろということではなくて、ドライブスルー方式のPCR検査など、病院が出ていけばいいんですよ。今までのサービスの在り方って、不動産を構えて、そこに人を集めるという場所ありきですよね。それが今みたいに人の移動が制限されると、完全に崩壊する。だったらサービスを携えて、需要がある方へ出向けばいいわけですよね。

平山 デリバリーやフードトラックなんかの考え方と同じことですよね。

若林 そうです。となると、料理を作っている人たちにとっては、店を構えているということが重要ではなくて、そこで提供していたサービスとは一体何だったのか?という話が重要なはずなんですよ。もちろん、そのサービス自体はデリバリー可能なものとそうでないものがあるんですが、実はデリバリー可能なものもあるよね?と考えるのが、今後の道筋としては正しいことだと思います。

平山 僕が飲食店に求めていた直接的な会話や空間、音楽の体験を超える、食体験がデリバリーで生まれるのか?ということですよね。今、ファインダイニングもデリバリーを始めたりして、「ファイン」というものをゆっくり嗜むことが不可能になった時期に、何が本質的なのかが問われているんでしょうね。

若林 だから、その考え方の立て付けが、「食べることは消費行為である」という前提ありきですよね。そもそも、食べることで大切なのって「食べること」なんですかね?

平山 というと?

若林 インターネットによって音楽がどう変わったかって、配信サービスで音楽が聴けるようになったことじゃないですよね。みんな自分で音楽を作れるようになったことが最大の変化だと思います。それをラジカルに進めているのが「TikTok」だけれど、もはやそこには音楽の作り手と聴き手が二項として成立していない。みんなが作り手であり、聴き手だから。で、食の世界で考えると、作る人と食べる人が存在するのがキッチンですよね。そこは、消費空間であると同時に生産空間でもあるから、その二つがセットで動いていることが、これからの都市のマネジメントにおいて、すごく重要だと思います。今まで飲食業界は、生産する側(料理する人)にお金を払って、経済を回していくというモデルでした。でも、それが立ち行かないのであれば、人を集められるデベロッパーは、お店をインキュベーション施設として機能させることを考えたり、飲食を提供する側は、家での料理は食べることより料理することがエンターテインメントだよねという前提でサービスを考えたりしないとっていう話なんですよね。もし作った料理を自分ひとりで食べるのがつまらなければ、それをデリバリーにのせて、他の人に食べてもらおうという話の方が楽しいんですよ。

平山 食べることよりも、食べた人とオンラインでつながって、「おいしかった」っていう感想をもらうことに喜びを感じるようになる。

若林 だから、そろそろ「食べる」ということを消費空間から外してもいいと思います。消費空間を守るために、僕らが何をするか?というのは、あまり本質的なテーマじゃない気がしますね。他の場所に消費性が移行して新しいマーケットが立ち上がるという話だと思います。

平山 コロナのせいでというより、時代が早送りで進んだという感じですよね。

若林 そう。コロナでは何も変わっていなくて、実は20年くらい前から言われてきた話が、早送りでどんどん実装されているだけという気がします。

20年後に実装される新しい価値観とは?

――不動産からの解放、ビジネススキームの再構築、作る人と食べる人のフラット化などの先にある飲食店のスタイルとはどんなものなのでしょう?

若林 そうなった時に、冒頭で平山くんが求めているような、人や空間で成立する20世紀的な快楽って、どこまで残るのか?という話はありますが、今回のコロナで一番起こりうるラジカルな変化って、もしかしたらそれを捨てることなのかもしれません。

平山 その快楽を捨てる?

若林 つまり、みんなでわいわいやって楽しいよね、みたいな話自体がもう過去になる。これから孤独というものをいかに生産的に楽しむか。それがポストコロナ的じゃないかっていう話は周りともしています。

平山 今後、ラーメン店の「一蘭」みたいな仕切りのある客席にモニターが付いていて、オンラインで会話しながら食べられるみたいなサービスなんかは出てきそうですよね。すでに若い人たちの間では、飲食店でのライブ配信を楽しむ流れもあったので、さらにやりやすい環境が整うのかなとは思います。

若林 そういう新しい価値観が世の中に浸透したと実感するまでには、20年から30年かかります。日本にとって、2011年がひとつのグラウンドゼロだったとすると、何かしらの新しい価値が実感できるのは2030年より先でしょうね。今回コロナの影響で感じた変化の予兆が、世の中に実装されてデフォルトになるのは、たぶん2040年の話だと思います。

平山 20年後か…。

若林 だからきっと、あまり慌てなくていいんですよ。確実に新しいモデルというのは導入されてきてはいるんです。今はみんな自分の生活を必死になってサバイバルしないといけないけれども、結局、次の世代にとって何が望ましいのかということを、ちゃんと考えることが大事な気がしますね。

若林恵(わかばやし・けい)
1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。最新刊は『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』 (日経MOOK)
平山潤(ひらやま・じゅん)
1992年生まれ。大学卒業後、社会派webマガジン『Be inspired!』の副編集長と編集長を歴任。現在リニューアル創刊した『NEUT Magazine』編集長を務め、先入観に縛られないニュートラルな視点を発信している。次世代の料理人や飲食関係者との親交も深い。

text 浅井直子 

本記事は料理王国2020年6・7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年6・7月号当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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