欧州食材のパイオニア・アルカンからの提案vol.17 フランス産バターの美味しい調理法 24年4月号


フランスで厳しい基準をクリアした製品にだけ与えられるA.O.P.認証の最高品質バター。今回は、ボルドーの北側にあるシャラント・ポワトゥー地域でPDOの称号も得ている「レスキューレ」のバターを用いた火入れ、ソース、味の濃淡など対照的な2種類の魚料理を「シェ・イノ」の料理長として活躍する手島純也さんに教わった。

「フランスのバターは基本的に発酵しています。日本のように、バターと発酵バターを分ける概念がありません」と、「シェ・イノ」の料理長、手島純也さんは語る。「フランスは日本と比べて圧倒的に乳製品のバリエーションが多いし、人々の暮らしとの密着度が高い。田舎のスーパーですら乳製品売り場がとても広いんですよ」。

フランス菓子研究家の大森由紀子さんによると、「かつてフランスでは、細菌学者であるルイ・パストゥールが低温殺菌法を発明するまで、牛乳を殺菌する習慣がなかったのでバターは自然に発酵していました」とのこと。そのため、現在のフランスのバターの大半は、製造過程で乳酸菌を加えて、無殺菌時代に自然発酵によって生じていた風味を再現している。

手島さんは「フランスで日常的に摂取する乳製品の中でもバターは根幹的なもの。フランス料理は加熱に油脂が必ず介在するという点が、日本料理との大きな違いです。そして、油脂の選択肢もフランス料理は幅が広く、オリーブオイル、ラードを使う地方もありますが、その中心にあるのは、やはりバターなのです」。

今回は加熱方法によるバターの異なる使い方のほかに、バターの有塩と無塩、火入れの低温と高温、ソースの白と赤、味わいの淡いものと濃厚なものという違いを、2品の魚料理で対比させながら実際に調理して見せてくれた。

1品目は国産ヒラメを使ったひと皿。「ヒラメの火入れに有塩バターを使います。バターをひいたフライパンに、ヒラメを置いて、その上にちぎったバターをのせ、蓋をして蒸し焼きに。素材に水分のない調理方法がエトフェ、少量の水分があるのがエチュベ、水分がある状態で蓋をして蒸し焼きにするのがブレゼ。本来は3種類の使い分けがありますが、今ではエトフェはほとんど使われません。でも、日本のヒラメのような繊細な素材にはエトフェが一番適していると考えました」と手島さん。
「フライパンの中が密閉状態になり、ヒラメの持つ水分が沸いて加熱が進んでいく。それを手助けするのが、魚の上に置いた有塩バターの役割です。バターの風味や塩味がほんのりとヒラメにうつるように、という狙いもあります」。

低温に温めたフライパンにバターをひき、軽く塩を当てておいたヒラメをのせ、魚の上にちぎった有塩バターをのせる。
そのまま蓋をして、エトフェの技法で蒸し焼きにする。
表面に軽く焼き色が付いたら有塩バターを追加し、さらに火を入れる。
ヴァンブランソースの仕上げに無塩バターを加えてモンテする。
ソースの仕上げに、オシェトラのキャビアをたっぷりと加える。盛り付けの際、魚の上にもたっぷりと。
平目のエトフェ 白ワインソース キャビア添え
しっかりと厚みのあるヒラメに白ワインベースのヴァンブランソースを合わせ、ソースの中と魚の上にオシェトラのキャビアを加えた贅沢な一品。淡白なヒラメの味わいに、バターの油脂や風味が加わり、印象強いひと皿に。付け合わせはカリフラワーのムース、ちぢみほうれん草のソテーでシンプルに。

一方、2品目には肉厚なアンコウを使う。フライパンの火入れは強めに、さらにオーブンに入れた後、再びフライパンを火にかけて無塩バターを投入。アロゼの技法で、アンコウにバターの泡を何度もかけて、魚や差し込んだトリュフにじっくりと火を入れながら、周りも香ばしく焼いていく(魚の塩味が強くなりすぎぬようアロゼのバターは無塩)。「アンコウは脱水シートに包んで一晩水分を抜き、ぷりぷりな食感に。赤ワインソースに負けない、まるで肉料理に近い感覚に仕上げます」と手島さん。「フランスのバターは熱しても風味が残る。日本のバターとの違いが如実に現れますね」。

フライパンにすましバターをひき、黒トリュフを差し込んだアンコウを置く。
焼き付ける面を変えながら中温で焼き、フライパンごと170度のオーブンに入れて8割ほど火を通し、取り出して再び火にかける。
赤ワインのソースを煮詰める。無塩バターでモンテして仕上げ。
アロゼするための無塩バターを加える。
バターはノアゼットの状態をキープしながら泡をスプーンですくってアンコウに繰り返しかけ、焼き上げる。この焦がしバターは赤ワインソースにも加える。
鮟鱇のロティ 赤ワインソース
一晩かけて水分を抜いたアンコウを、差し込んだトリュフの香りがじんわり移る状態までバターの泡で丁寧にアロゼ。トランペット茸、トピナンブール(菊芋)、シャンピニオン、パセリの薄揚げなどを盛り付けた。芳醇なバターが香るアンコウに赤ワインのソースの酸味がよく合う。

なお、2品ともソースの仕上げには無塩バターを使用。「ソースの塩味は自分で調整したいので、無塩を使います」。

手島さんがバター選びで重視することを尋ねると、「私の場合、目的を意識します。風味をつけたい、コクを加えたい、味をどうしたい、など目的に合うバターを選びたい。『シェ・イノ』はソースの仕上げに長年使っているバターがあるので、それを変えてしまうと店の味が変わってしまいます。ですから伝統から逸れない範囲で、違ったバターもとりいれたいときに、レスキューレは選択肢の一つ。お客様のテーブルに置くバターとしても良いですね」。実は手島さん、フランス時代は個人的にレスキューレを愛用していた。「風味が良く、上品な印象。日本でも手に入るのが嬉しいです」。

フランスでワインやチーズ、バターなどに対して特定の基準を満たしたもののみに与えられる認証が「A.O.P.」だ。バターでは、ポワトゥー・シャラント地方のシャラント・ポワトゥー地域、シャラント地域、ドゥー・セーブル地域、ノルマンディー地方のイジニー地域、ローヌ・アルプ地方のブレス地域の5つの地域が対象となっている。
それぞれ原産地や原材料、製造過程、品質評価に至るまで特定の厳しい条件を満たした最高品質の証でもある。

手島純也
1975年山梨県生まれ。甲府のフランス料理店「キャセロール」で修業後、2001年に渡仏。「ステラマリス」で吉野建氏に師事、「タイユヴァン」などでも研鑽を積む。07年に帰国し、「タテル ヨシノ」や「オテル・ド・ヨシノ」の料理長を務める。22年10月より「シェ・イノ」料理長。

シェ・イノ
東京都中央区京橋2-4-16 明治京橋ビル1階
TEL 03-3274-2020
11:30~13:30LO、18:00~20:30LO
日曜と、月曜(毎月1~2回)休み

A.O.P.バター「レスキューレ」とは?

レスキューレは1884年からバター作りを始めた歴史あるブランド。フランスのA.O.P.バターのうち、PDO認定されているシャラント・ポワトゥー地域のバター5銘柄のうちの一つ。PDO認定とは全ての原料がPDO地域のものであり、伝統的な手法を用いてこの地方で製造されたものに与えられる。フランス菓子研究家の大森由紀子さんも「使用前は締まった印象ですが、すぐ柔らかくなり良い使用感です。ピュアな乳の味わいで香りは繊細でエレガント」と評価する。

金色が無塩、銀色が有塩。

レスキューレのお問合せはアルカン業務食材営業部へ
TEL 03-3664-5114

text: Hanayo Tanaka photo: Hiroyuki Takeda

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