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フランス菓子の伝道師に聞く。オーボンヴュータンの軌跡

オーボンヴュータン_ 河田勝彦1

オーナーシェフ 河田勝彦 さん
1944年東京生まれ。1967年に渡仏、約10年にわたりさまざまな菓子店やレストランなどで修業。帰国後はチョコレート菓子や焼き菓子を修業し、 1981年に東京・尾山台に「オーボンヴュータン」をオープン。2015年には同エリア内で移転オープンした。

伝統菓子の豊かな表現力は、その土地への深い理解から生まれる。

オーボンヴュータン_ハート
ハート型やドーム型など、見た目にも愛らしいホールケーキも揃う。

今や日本におけるフランス菓子作りのレジェンドといわれる河田勝彦さんが、修業のために渡仏したのは1960年代のこと。当時、菓子作りの修業で海外に行くことは珍しかった。フランスでは、日本にない食材、調理法、表現方法などにカルチャーショックを受けたという。「フランスの菓子は全部おいしかった」と言う河田さん。土地に根強く残る伝統に圧倒され、フランス菓子にのめり込んでいった。

「当時、パリで出合うフランス菓子はしっかり甘さが利いていて、そのおいしさに感動しました。しかし、食べ続けるうちに食べ疲れが出るようになってしまった。そのことにショックを受ける一方で、この国にはまだまだ自分が知らないすばらしい菓子があるのではないか、パリ以外のフランス菓子にもっと出合ってみたいと思うようになりました。それでパリを離れ、地方を巡る旅に出たのです」

オーボンヴュータン_ガトー21世紀
「ガトー21世紀」。その名のとおり、21世紀を迎えるにあたって開発した創作菓子。ダックワーズに近い生地を使い、カラメルのバタークリームをサンドする。上にはたっぷりのナッツを散らす。

フランス各地では、パリでは見かけなかったさまざまな伝統菓子に出合った。カヌレやファーブルトンなど、見た目は地味だがいずれにも職人の想いが表現されている菓子の数々に、河田さんは改めて感銘を受けたという。そしていつしか、「己を表現する菓子を作りたい」という思いを強くしていった。ただし、河田さんが目指す自己表現は、決してほかと異なる独創性を追求することではない。

「仕事の本質は、まず基礎をしっかりと把握することだと考えています。基礎にもいろいろありますが、料理ではオーギュスト・エスコフィエ、菓子ではエミール・デュヴァルやピエール・ラカンの書物が今でも教科書に当たると思います」

伝統菓子を知ることは社会と歴史を知ること

オーボンヴュータン_ 河田勝彦3

そして、習得した基礎の上に、河田さんが重ね続けているのが、フランスの歴史や社会的背景に関する知識だ。伝統菓子の誕生の裏には、いつもこのふたつが密接に関わっているという。

河田さんによると、60年代はいわゆる“クラシック”と呼ばれるフランス菓子がスタンダードであった。しかし70年代からは“健康”というキーワードが登場し、甘く重い菓子がヘルシーな菓子へと変化。その後、“ヌーベル”をキーワードに斬新な調理法が登場した。同時に70年代後半~80年代は料理の技法も多種多様になり、効率化や簡素化が求められるようになるといった変革を遂げている。

「とくに80年代以降は、5年、10年のスパンで料理も菓子も変化し、今では日ごとに変わっていると言っても過言ではありません。食べ物はつねに進化します。しかし、その背景には必ず社会的事情がある。だから、伝統菓子を考えるには、労働環境や嗜好のブームといった社会性やその土地の歴史を理解する必要があると思いました」

オーボンヴュータン_店舗2

そうして、暇さえあれば現地の古書店で文献を探して読み漁り、まるで研究家のように知識を増やしていった。日本へ帰っても資料集めは続き、現在ともに店に立つ息子の薫さんが渡仏した際も、現地の資料を送らせたほどだ。

10年に及ぶフランス滞在期間中、河田さんはパン屋を含め12店で修業し、同じ菓子でも店により異なる材料やルセットなどを誰より積極的に学んだ。そうして広く、深く、知識を吸収し、河田さんは表現の引き出しを十分に増やして日本へ帰国したのだ。

新鮮味がないからこそ、想像力を持って考える

オーボンヴュータン_店舗3

帰国当時、1970年代の日本でフランス菓子を理解してもらうにはかなりの時間がかかった。それでも決してローカライズするのではなく、河田さんは自身が学んできたこと、やってきたことを自分なりに表現することをテーマに、皆が認める第一人者として、今日までフランス伝統菓子を日本に継承し続けている。

自分の信念を貫いたとか、飾った言葉はいらない。
これしか知らなかっただけ、それだけですよ。

最後に河田さんに、若手シェフたちに対して思うことを尋ねると、「今の若い人は私の時代より厳しい状況に置かれている」と言う。

「フランス菓子という未知の分野を開拓するのは大変でしたが、当時はメジャーでないぶん、他と競合することもなく、広まりだすと早かった。また、私はフランスでカルチャーショックを受け、もっと学びたいという意欲で修業を続けてきましたが、今の人たちは驚きや新鮮味を感じる機会が少ないと思います。フランスの食材が日本でも手に入る時代ですしね。だからこそイマジネーションをもって、自分の想いを表現するにはどうすべきかを考えてほしいと思います」

自身がやってきたなかで、後世に伝えたいと思いながらやってきたことは一度もないと河田さんは断言するが、「オーボンヴュータン」から巣立った名パティシエは決して少なくない。日本におけるフランス伝統菓子の基礎部分はしっかりと受け継がれているようだ。

オーボンヴュータン_店舗
2015年4月に移転オープンし、店舗面積を拡張。フランス菓子の販売スペースの横には、シャルキュトリーなどのフランス料理が並ぶショーケース、その奥には食事が楽しめるサロンを併設した。河田さんと長男の薫さんが菓子を担当し、フランス料理はフランス・パリのシャルキュトリー店で修業を積んだ次男の力也さんが担当する。

オーボンヴュータン
AU BON VIEUX TEMPS

東京都世田谷区等々力2-1-3
☎03-3703-8428
● 9:00~18:00
● 火・水休
● 14席
http://aubonvieuxtemps.jp/

河田シェフのフランス菓子
「オーボンヴュータン」で扱うフランス菓子はなんと200〜 300アイテム。フランスの伝統に則ったレシピで作る菓子から 郷土菓子まで、多種類が用意されている。人気は焼き菓子の詰 め合わせ「プティ・フール・セック」。ほかにもコンフィズリー、 ショコラ、ボンボンなどの定番に加え、季節の食材を使ったシー ズンメニューも登場する。

虻川実花=取材、文 林 輝彦=撮影

本記事は雑誌料理王国第282号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第282号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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