閉店した老舗フランス菓子店「ルコント」の復活秘話


お客様から経営者へ。「知らなかったからこそできたこと」

再オープンのきっかけはマダム・ルコントのお話

 東京・広尾に本店を構える「ルコント」は、日本で最初のフランス菓子専門店ともいわれる老舗だ。しかし、そんな歴史を持ちつつも、一度は惜しまれながら閉店。数年後、店を復活させたのは、ファンのひとりでもあった、株式会社ベイクウェルの代表取締役、黒川周子さんだ。きっかけは、「ルコント」を創業したアンドレ・ルコント氏の夫人、マダム・ルコントから直々に話があったことだという。

「ルコントファミリーがこの店を経営されている頃から、実家の家業が菓子店ということもあって、親しくさせていただいていました。でも、ここまで培ってきた技術ですとか、職人さんたちが育っていたのにもかかわらず、お店を閉めなければならないという状況になってしまわれて。その後、マダム・ルコントから、なんとか「ルコント」のお菓子を守り続けたい、というお話を受けたことが最初の経緯としてありました。

すでにアンドレ・ルコントさんが亡くなられてから10年以上の月日が流れていて、マダムもご高齢になり、いろいろ考えてはおられたんだと思います。詳しくは存じ上げませんが、さまざまな事情がおありになったんでしょうね」

ルコント_シャルロット ポワール
シャルロット ポワール
長く愛されている「ルコント」の定番。フランスの伝統的なお菓子で、貴婦人の帽子に見立てたビスキュイ生地が特徴だ。洋梨をたっぷり使用したババロアが中に詰まっており、その芳醇な香りも楽しめる。

無知だからこそ遂げられた、名店の復活

ルコント_店内
広尾本店の地下には、サロン・ド・テがある。創業時にも食事を出すスペースがあったため、それを踏襲しているという。

1968年に東京・六本木で創業した「ルコント」には、長年通い続けるファンもいた。店を再開するには、そのファンの後押しがあったというが、逆に、プレッシャーにはならなかったのだろうか。

「プレッシャーというより、無知だからこそできたな、ということは、今思えばあります。私自身も実家の近くに『ルコント』があり、ここのケーキが大好きで、お店のショーケースを眺めながら通学し、おこづかいを貯めて買うことや、母や祖母と食べに行くことが楽しみでした。小さい頃から慣れ親しんでいた『ルコント』が閉店すると聞いて、ああ、なんて残念なんだと、ファンのひとりとして思いましたね」

黒川さん自身、大好きな洋菓子店だったという「ルコント」。だからこそ、ここのお菓子ならば大丈夫という確信が持てたのだという。「閉店した時には、すごくみなさん惜しまれて、悲しいという声を本当にたくさん聞きました。私も、もちろんその中のひとりで、『ルコント』のお菓子をもう一度食べたいな、ということをただ単純に思いました」。

もう一度食べたい、ファンの誰もが持つシンプルな希望を叶えるべく、メニューを監修するエクゼクティブシェフに、アンドレ・ルコント氏の片腕として活躍した「パティシエシマ」の島田進さん、シェフパティシエに閉店時の「ルコント」でスーシェフを務めていた川邊努さんを迎え、2010年の閉店から3年後の2013年、東京・広尾に新生「ルコント」はオープンした。

ルコント
季節ごとに、色とりどりのお菓子が並ぶショーケース。定番商品を好んで買っていくお客さまが多いそう。

「あらためて、私どもが『ルコント』を始めるとなった時に、川邊シェフも含めた何人かが、一緒にやろうということで集まってきてくれたんです。川邊シェフは入社した時、『閉店したときには、これで終わるとわかっていたのだけれど、終わる気がしなかった』と言っていました。すでに閉店から4〜5年経っていたのですが、昔の包装紙で作ったナイフ入れや、紙の手提げ袋や菓子缶など、個人的に取っておいたという、昔の店舗での思い出の品を私に見せてくれたんです」

「ルコント」のOBたちはたびたび集まり、マダム・ルコントを囲んだ食事会などを行っているのだという。「ムッシュ・ルコントは絶対に妥協を許さない人だったそうです。歯をくいしばって、厳しい時を乗り越えたことが、自分を形成していくなかですごく大事な時間だったと、皆さん思っていらっしゃるのでしょう。結果的に、それがいい思い出になって、『ルコント』をとても大事に思っているんだと感じます」

お客さまからもアドバイスをいただいて

贈答用にも親しまれているスペシャリテ「フルーツケーキ」。

ムッシュ・ルコントが創業した当時は、洋菓子の材料もなければ作る人もいないし、その味を知るお客さまもいない。この極東の地でよくそんなことを始めたなと、ただ驚くばかりです。今は、その当時のムッシュ・ルコントは一体どんな人だったか、今まで作ってきたケーキにはどんなものがあったか、そういうことを知るひも解きの作業を行っています。そのために、マダムからお写真を拝借したり、昔からのお客さまにお話を伺わせていただいたり。お客さまのほうが昔からずっと食べ込んでいる方ばかりなので、いろんなアドバイスをいただいている最中です。この先の10年、20年を描くには、まず今をしっかりとやらなければならないと思うので、もう一度原点を見つめ直して、これから着実にやることをしっかり考えようと思います」。

歴史のある店を受け継ぎ、これからの歴史を作っていく。そのために、一番大切に守っているものはなんなのだろうか。「食べ物を扱う店である以上は、店の商品が今のお客さまにとってどうご評価いただいているのか、おいしいと思っていただけているかどうか、ということはつねに自問自答しなければなりません。

ずっと同じ材料、同じ作り方でよいのかといえば、決してそうではありません。変えることを怖がっていてはいけないと思っています。目の前にいらっしゃるお客さまと、今まで作り上げてきた、 「ルコント」のOBの皆さま、マダム、そしてムッシュ・ルコントとそのお客さまに対しての敬意を絶対に忘れてはいけない。その気持ちは、お菓子作りの品質とともに、大切に守っていきたいですね」

ルコント_黒川周子
Chikako Kurokawa
「ルコント」を経営する株式会社ベイクウェル代表取締役。イギリスの大学を卒業後、渡米。 45rpm USA入社。帰国し株式会社木楽舎に入社。研鑽を積む。2009年にくろかわちかこ事務所を設立、飲食店のコンサルティング業務に携わる。2012年より現職。
ルコント_店舗

ルコント 広尾本店
A.Lecomte Hiroo

東京都港区南麻布5-16-13
☎03-3447-7600
● 9:00~19:00
( サロン・ド・テ は18:00LO)
※土日祝は10:30~
● 不定休
● 平均予算 2000円
● 18席(地下サロン・ド・テ)
www.a-lecomte.com


澤 由香= 取材、文 林 輝彦= 撮影

本記事は雑誌料理王国第282号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第282号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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