食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

名匠のスペシャリテ「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」落合務さん


時代を超えて愛され続ける名匠のスペシャリテがある。
連載第16回目は、15年以上も行列の絶えない店であり続ける「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」のオーナーシェフ落合務さんと、「新鮮なウニのスパゲッティ」。

僕がお客さまに「旨い!」と言っていただけるイタリア料理を作っていられるのは、ある人のおかげです。その人の名は、今は亡き実業家の桂洋二郎氏。じつは僕は、19歳から6年ほどホテルニューオータニのフランス料理の厨房で働いていたんです。どうしても本場フランスへ行きたいと思って、その資金を稼ぐために、給料のよいレストランに移ったのは、25歳のときです。
そこで出会ったのが、フランス料理の名店「シド」や日本料理店「ざくろ」など、有名な飲食店を経営していた桂オーナーでした。僕はその傘下の「トップス」で働き、29歳のときに、桂氏にフランスへ行きたいので辞めたいと申し出ました。するとオーナーは、「1カ月間フランスへ行って来なさい。資金は出す」と、僕の夢に賭けてくれたのです。〝旦那〞の気概にあふれた懐の深い大人物でした。

1カ月の視察旅行を終えて、帰国の途につこうとしたら、飛行機のチケットの関係で4日間イタリアのローマに滞在することになりました。運命の巡り合わせとでも言うのでしょうか。当時のローマは、けっして清潔で美しい町ではなかったけれど、初めて食べたイタリア料理に魅せられた。不思議と、毎日3食べても飽きがこない。食事って本来そういうものではないか、と目からウロコでした。フランス料理人から宗旨替え。イタリア料理の世界が目の前に開けた瞬間でした。

大恩人に想いをはせ、イタリア料理を作り続ける 

翌年から3年間、イタリアへ料理修業に。イタリア各地のレストランで働き、帰国後は、桂オーナーが赤坂にオープンした「グラナータ」のシェフを任されました。とはいえ、当時は、アルデンテという言葉さえ、通用しなかった時代。お客さまからは、「硬すぎるぞ」と叱られ、100席ある「グラナータ」は、来る日も来る日も閑古鳥。当時の大金を投じた店です。僕は2回も胃潰瘍になった。
日本人向けにアレンジした料理を出さなければいけないのではないか。僕は弱気になった。しかし、桂氏は動じない。
「本場で覚えてきた味を守れ。味はその国の文化だ。勝手にイタリアの文化を変えてはいけない」。オーナーは、そう言って勇気づけてくれた。そして、築地の新鮮なウニを使い、イタリアで食べたウニのスパゲッティをイメージして生まれた一皿がこのスペシャリテです。

そんな折、イタリア政府観光局の局長フランチェスコ・ランドウッツィーさんが来店。彼のクチコミで「グラナータ」は活気をおび、大ブレイクし、予約が取れない店になりました。桂氏は95年に69歳で逝去されました。50歳になろうとしていた僕は、3年の喪が明けるのを待って、銀座の裏通りに「ラ・ベットラ」をオープンしました。「ベットラ」という名は、フィレンツェで知った「アッラ・ベッキオ・ベットラ」という店の、町の「食堂」といった感じが大好きで、迷わず付けた店名です。
30年の歳月が流れた今も、築地の親父さんから仕入れるウニを使い、大恩人を偲びつつ、このスペシャリテを作ります。当初は、ソースに唐辛子を入れていましたが、今はそれをアンチョビに変えて、海の香りをまとわせています。今でも大恩人の「本場の味を守れ」と言う声が、ときどき耳元に聞こえてきます。

新鮮なウニのスパゲッティ

材料(2人分)
スパゲッティ…140ℊ
ウニ…70ℊ
ホールトマト…大2個
アンチョビフィレ…2枚
ニンニク(みじん切り)…2片
白ワイン…100㏄
生クリーム(30%)…200㏄
エクストラヴァージンオリーブオイル…30㏄
塩…適量
芽ネギ…適量

作り方

1.フライパンにエクストラヴァージンオリーブオイル、ニンニクを入れて、ニンニクが薄く色づきはじめたらアンチョビフィレを入れる。
2.アンチョビフィレを溶かしながら、香ばしい香りがするまで炒め、白ワインを加え、少し煮つめる。
3.ホールトマトを入れ、よくなじませる。弱火にして、生クリームを加え、2/3くらいになるまで煮つめながら塩で味をととのえる。
4.弱火にして、生クリームを加え、2/3くらいになるまで煮つめながら塩で味をととのえる。
5.塩を加えたたっぷりのお湯で、スパゲッティをゆでる。
6.4に、ゆであげたスパゲッティ、ウニを加え、手早く和えて皿に盛り付ける。
7.芽ネギを飾る。

新鮮なウニのスパゲッティ
ウニの濃厚な味と磯の香りをまとった絶品のクリームソースが、アルデンテのスパゲッティにからむおいしさは、「日本一、予約の取りにくい店」であり続ける落合シェフならではのスペシャリテだ。

text 長瀬広子   photo 依田佳子

本記事は雑誌料理王国2013年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2013年9月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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