ここ数年の観光バブルで、東南アジアでも有数の美食都市として勢いに乗っていたバンコク。ウエイティングリストが数ヶ月先まで埋まっているというファインダイニングも少なくなかった。
しかし、新型コロナウイルスの世界的な流行によって、タイ全土の飲食店は3月末から数ヶ月間も営業形態を変えざるを得ない状況に追い込まれた。 10月1日現在は、市中感染がほぼ抑えられているものの、ファインダイニングの多くは、従来の提供価値を維持することが難しくなり、ここ数ヶ月で大胆な経営判断を行っている。
「Gaggan」「Gaa」「Bo.lan」などバンコクを代表する有名店は、店舗の統合や移転、カジュアルなセカンドラインへのシフトなど、先の読めない時代を見据えて柔軟な対応を始めた。先陣を切った彼らのように、ピンチをチャンスと捉える胆力のあるシェフやレストラン経営者が多いため、バンコクの飲食業界全体ではコロナ禍でも前向きなムードに満ちている。
1つ星店「Nahm」出身の若手タイ人シェフトリオが営む「Charmgang Curry Shop」も、休業期間を店舗の改装にあてるなど、攻めの姿勢を崩さない。実店舗の改装期間中には、アパレルブランド「OneMoreThing」の店内で1ヶ月限定のポップアップレストランを開いた。
”アーバン・タイ”をコンセプトにしたこの出張レストランでは、3人それぞれの得意とするグリル、ヤム(サラダ)、カレーのテクニックを用いたアラカルト8品を提供。タイに伝わる古代のレシピを現代的な感覚で再現するという彼らのコンセプトを、空間デザインで表現したのは人気クリエイティブディレクターのSaran Yen Panya(56thStudio)。10月に再オープン予定の店舗でもタッグを組み、バンコクのフードシーンに新風を巻き起こしそうだ。
今回のコロナ危機を通じて、多くの人が「食」に求める価値にも変化が現れ始めている。コロナ以降のレストランの新しい形を提案しているのが、フランス南西部カオール出身のシェフ、クレモン・ヘルナンデス。彼は、バンコクの1つ星フレンチ「JʼAIME by Jean-Michel Lorain」でのスーシェフを経て、人気番組「アイアンシェフ」にも出演した実力派だ。 6月にオープンした自身のレストランは、ファインダイニングでもカジュアルビストロでもない、”SINCERE(誠実な)DINING”。
「コロナ以前から、料理人としての信念は変わっていない。行き過ぎた美食ではなく、適正な価格と心地の良い空間で、本物の料理を提供したいと思っているんだ」。
4品のテイスティングメニューとワインペアリングが1,500B(約5,000円)という良心的な価格は、輸入食材に頼りすぎずローカルの良質な素材を吟味して使うことで実現できているという。
テイスティングメニューは、10回も下ゆでを繰り返したガーリックエスプーマに始まり、個々の野菜を丁寧に火入れし、ホタルイカに詰めたラタトゥイユなど、シェフの真な料理への情熱が伝わる内容。タイハーブもふんだんに使われ、伝統的なフランス料理とタイのエッセンスを見事なバランスで調和させている。
宮崎麻実
2019年よりバンコク在住のエディター兼ビデオグラファー。写真と動画でバンコクの最新トレンドを伝えるビジュアルシティガイド「dii bangkok」をスタート。
本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。