【NOMA】新ヘッドシェフは初のアジア出身者。インクルーシブなチーム作りへ。


美食の羅針盤 Road to noma 3.0

新ヘッドシェフは初のアジア出身者。インクルーシブなチーム作りへ。

 バカンスシーズンだった夏を経て、正念場の秋を迎えた「noma(以下、ノマ)」 。この10月から、カナダ人のベンジャミン・イン料理長に代わり、初のアジア出身のヘッドシェフとして、32歳のシンガポール人、ケネス・フォンシェフが就任。ゲームミート(狩猟肉)と森のシーズン(テイスティングコース2,800クローネ※、12月19日まで)が始まっている。フォンシェフは「たとえ数時間であっても、食への喜びと驚きでコロナ禍の不安を拭い去り、『普通』の生活を思い出してもらえれば」と抱負を語る。

ヘッドシェフに求められるのは、「よいシェフ」ではない!?

 ヘッドシェフのポジション就任にあたっての、レネ・レゼピシェフからのアドバイスは、「優れたプロスポーツチームをどのように率いていくか、という考えに近い」と感じたと話すフォンシェフ。 「特に相関性を感じたのは、多面的な強みを持つチーム作りです。『勝利の公式』を導き出すために、多様な強みを持つ選手を集めることが重要。レネのアドバイスから気づかされたのは、これまでは誰もが、ただ単純に『よいシェフ=全てを器用にこなすシェフ』を求めてきたのではないかということ。だが、そうではなくて、チームの誰もが、他のメンバーとは少し違うものをゲームに持ち込むことの意義に気づくべきだと思います。得意でない分野があるからといって、その人を排除するのは非常にもったいないことです」。
 「エクスクルーシブ」ではなく「インクルーシブ」という価値観の転換は既に始まっている。

シェフは「ロックスター」ではなく、 「アスリート」。ストレス管理がカギに。

カジュアルで比較的安価なバーガーショップを経て、7月から元々のガストロノミックなテイスティングメニューに戻ったノマ。フォンシェフは、ノマで仕事をすることは、毎日、高い賭け金がかかった「チャンピオンゲーム」に臨むようなものと、プレッシャーも感じている。「もちろん眠れない夜が続くこともあります。料理人は、巷で認識されている『ロックスター』ではなく、『アスリート』として自分たちを捉えた方が良いように思います。残念なことに、精神疾患や過労は、この業界では未だに、現実的な問題です。これまで、多くの同業の友人たちがストレスに屈するのを見てきました。この問題について、もっとオープンに対処すべきだと思います」と、ストレス管理の重要性を強調する。フォンシェフは、瞑想や呼吸法、筋力トレーニングなどを通して、心と身体のバランスを維持している。

ファインダイニングのクリエイティブの行方を再考

「今回のゲームミートと森のシーズンは、去年のコースと異なり、小さな一口サイズが続く流れ。季節的に重めの味付けなので、単調にならないための工夫でもあります。手で食べることは、素晴らしい食事体験を提供するだけでなく、人々がファインダイニングだと認識する経験に遊び心を加えることができます。これまでで最高のシーズンだと確信しています」という。

 これからのファインダイニングには、このような危機に際して、もっと内側、つまり従業員のケアに力をいれるべきだと感じているフォンシェフ。と同時に、「伝統的に常に贅沢と過剰を重視してきた」ファインダイニングに対する既存のアプローチを再考する必要があると考えているという。

 「一つの料理を作るのに、過剰な時間をかけ過ぎず、自らのヴィジョンに妥協することなく、精緻さには欠けるかもしれないが、ゲストにとっても、スタッフにとっても手の届きやすいものを作ること。そこに、真のクリエイティビティが存在しているような気がします」

 こう明快にビジョンを語るフォンシェフは、 2018年からノマで働き始めたが、そのキャリアは華麗だ。シンガポールの名門進学校、アングロ・チャイニーズ・スクールの出身。シンガポール「レストラン・アンドレ」や、NY「イレブン・マディソン・パーク」など、これまで超有名店でのキャリアを重ねてきたが、「今は、有名店での修業を重ねることではなく、プロとして、また人として、よりよい人間になるよう努力していきたい」と語る。エリート街道をひた走ってきた、そんなフォンシェフの価値観も、変わりつつあるようだ。

 また、ノマのカジュアルラインだった「108」が、コロナ禍による海外からのゲストの減少を理由に閉店。クリスチャン・バウマン元シェフは108時代のスーシェフ、マルコ・ボッティンら数名のスタッフと共に、元ノマのスタッフによるコペンハーゲンの蒸溜所、 Empirical内に、自らのルーツである韓国のアート、デザイン、歴史に根ざした料理を提供するポップアップレストラン「Koan」を10月8日にオープン。 11コースのメニューが650クローネで提供される。飲み物は、ワイン(750クローネ)、ノンアルコール(500クローネ)のペアリングに加え、 Empiricalによるカクテルペアリング(750クローネ)も提供される。元108の店舗は、より地元客に特化した内容で、年内に再オープンを目指す。

ケネス・フォンシェフは1989年生まれ。毎週日曜に父と一緒に料理をしていたことがきっかけで料理の道へ。2010年「レストラン・アンドレ」で料理のキャリアをスタート。NYの料理学校を卒業後、世界のベストレストラン50で世界一に輝いた「イレブン・マディソン・パーク」などで働く。2016年にシンガポールに戻り、ミシュラン一つ星の「キュア」料理長に。2018年にノマへ、9ヶ月の見習い期間を経て正式採用、今回の抜擢となった。

text 仲山今日子  photo Ditte Isager


本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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