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【インタビュー・フランス料理現代から未来へ】料理評論家 山本益博さんインタビュー


ジャンルを超越した独自の表現がこれからの時代の主流に

「フランスの本物にして最高の味を知りたい」。現代を代表する料理評論家として人々から信頼される山本益博さんが、この一念でフランスへと渡ったのは、1973年、25歳の時だった。日本でフレンチといえば主流はホテルでのディナーという時代。メインデッシュは牛肉のステーキと舌平目のムニエル、前菜はエスカルゴ、スモークサーモン、キャビアというように食材は限られ、缶詰のフォワグラからは酸化した脂の臭いがした。

 そんな日本を出て、本場パリで初めて知った星付きレストランの最高の味は、今も山本さんの原動力となっている。食を愛し、食文化のレベルアップを目指して、多くの料理人たちを応援し続ける姿勢は変わらず、それどころか、以前より強い使命感を持って仕事に励むという印象だ。そんな山本さんは、40年にもわたって深く関わり続けてきたフランス料理の世界を、今、どう分析し、どのような展望を抱いているのだろうか。

フレンチという枠組みにこだわる必要性のない時代

「フランス料理という枠にこだわるな」というのが、シェフたちにもっとも伝えたいメッセージです。その先端を走るのが、大阪「HAJIME」の米田肇さんだと思います。彼は、近年、「フランス料理から脱却し、ガストロノミーとして世界に向けて、HAJIME流の料理を発信する」と宣言しました。

 米田シェフのこの考え方には大賛成。私は日頃より料理人には哲学が必要だと言い続けてきました。それは、「誰が何と言おうと自分が作る料理はこれだ!」という強い信念、常に自分を追い込んでオリジナリティーを追究する姿勢。ですから、米田さんという存在を非常に頼もしく思っているわけです。中には「料理に哲学なんて、理屈っぽくてイヤだ」と感じる人がいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。なぜなら、彼が最終的に目指すものは、ほかの料理人と同じように、ゲストが「おいしい」と喜ぶ顔だからです。

 それは米田シェフの料理を食べてみればわかります。食感や温度が緻密に計算されていて、ゲストへの愛情はもちろん、食材への愛情も深い。ことにフォワグラの扱いは、世界一と称えても過言ではなく、固形の食材が舌の上で液体になる至福の瞬間をぜひ味わってほしいものです。

Chikyu: 地球
地球のスムーズな循環を野菜と貝という食材を用いて表現。この食材を選んだ理由について米田さんは「植物は地球から直接養分を吸収し、また貝は海に育つものだが、周辺の山に木があるところの貝はいっそうおいしいとされる点から、貝もまた地球の循環の象徴にふさわしい」と語る。90種以上の野菜を使い、山の上の雲に見立てた泡に貝のエキスを使用。

「エル・ブリ」から始まり、そして「noma」へ

 料理のジャンルを超えた唯一無比のスタイルを最初に提案したのは「エル・ブリ(エル・ブジ)」のフェラン・アドリア氏です。90年代、フェラン氏は、フランス料理ともスペイン料理とも違う独自のスタイルで料理界を席巻。彼の作る料理は、前衛芸術、ポストモダン、未来形などと評され、「エル・ブリ」は、世界一予約の取れないレストランとして関心を集めました。この情報を最初に私に教えてくれたのが、ジョエル・ロブション氏で、93年、彼は私にこう告げます。「出された料理の7割は、どう作ったかわからなかった」。そこで「エル・ブリ」の料理に非常に興味を抱いたのですが、ロブション氏にわからない料理が、はたして自分にわかるのかという疑問はありました。その後、ピエール・ガニェール氏がさらに私を奮い立たせます。「あなたは評論家なのだから、絶対に行くべきです。でも、料理人は行ってはいけない。真似をする誘惑に駆られるから……」

 それほどに魅力的とされた料理を私が味わったのは、2001年になってからのこと。私にはジャーナリストとして、その調理法や味を言葉に置き換える使命がありますから、ある程度の準備期間、勉強期間が必要だったのです。けれども最初に訪れた時は、35皿の料理が絶妙のタイミングで出てくるという感動に浸るのみ。その新しさ、斬新さに圧倒されて、料理の解析までは及ばなかったというのが正直なところです。

 2011年、「エル・ブリ」は閉店してしまいますが、そこから、さまざまな才能が世界へと拡がっていった。「エル・ブリ」が登場しなったら、コペンハーゲンの「noma」に代表される北欧料理の発展もなかったでしょう。「noma」は、10年、世界中の食に関する評論家やジャーナリスト、シェフなどが投票をして決める「The World’s 50 Best Restaurant Awards」世界1位を獲得。それまで4年連続1位に君臨する「エル・ブリ」を破っての快挙でした。「noma」のオーナーシェフ、レネ・レゼピ氏は「エル・ブリ」で修業しましたが、そこでは会得できなかったフランス料理の伝統と奥深さを後に学び、さらにアメリカに渡ってマネージメントを学ぶなど、独自の世界を確立するために、着々と準備をすすめました。そして、エコブーム、ナチュラル志向など、時代の流れをうまく取り入れ、北欧の食材「nordisk mad」だけを使う店という意味で、「noma」をオープンしたのです。

 私がこの店を訪れたのは12年のことで、料理の独創性だけでなく、最初の15皿が3分ごとに出てくるそのタイミングのよさや、料理人が全員で出迎えてくれる演出に感動しました。

 しかし、この流行については、長く続いてもあと5年くらいではないかと予測しています。「noma」をはじめ、市内のレストランは人気を集めていますが、そのほかの文化的魅力が乏しいからです。

美しい夏の風景~2013
生き生きと焼いた鮎をその澄んだジュと、自家製うるかのガストリックと山山椒のオイル、マンゴー、ラディッシュ、パンプルネル
フレンチの技法で日本の四季のすばらしさや豊かさを表現する生江
シェフ。鮎のコンソメのあとに、このひと皿を提供する。こうする
ことで、ゲストの口の中には時季の鮎の旨味が何倍にも広がる。川
魚によく合う国産の赤ワインもシェフが厳選したものだ。

これからをリードするのは自分の世界観を持つシェフ

 米田シェフは、フランス料理を訴求するのをやめたわけではなく、あくまで自分とは何者かを徹底的に追及しています。それだからこそ、オリジナリティー、パーソナリティーが生まれるわけです。フランス料理人の中には、米田さんのようなシェフが増えてきています。「HAJIME」に続いて、私が推薦する店が東京に何店舗かあり、それが、「レストランカンテサンス」「ガストロノミージョエル・ロブション」「エスキス」「レフェルヴェソンス」「レストランリューズ」「エディション・コウジシモムラ」「TAKAZAWA」などです。こうした店のシェフは独自の価値観を大切に、日々努力を重ねている人たち。いずれも繁盛店なのは、ゲストがそれを敏感に察知しているからです。たとえば、もっとも予約が取りにくい店のひとつ「カンテサンス」のオーナーシェフ、岸田周三さんは食材の鮮度や香りを大切に、よりおいしく提供できる調理法を常に考えています。そんな岸田さんはテリーヌを好まず、「テリーヌはもともと晩餐会用の料理。見栄えは美しいのですが、一度火を通したものを冷やし固めてはおいしさが失われてしまう。それに少数のお客様に対して作りおきしたものを出す必要はない」とその理由を説明します。

 食材の使い方に関しては、ロブション氏や、彼の監修するレストランでシェフを務めるアラン・ヴェルゼロリさん、渡辺雄一郎さんからも習うべき点は多く、彼らは高級食材をふんだんに使いながらも、ひと皿に用いるのは、3、4種類と決めています。食材に敬意を払っているため、奇をてらったような組み合わせもしません。ロブション氏の精神は、彼のもとで腕を磨いた「レストランリューズ」の飯塚隆太シェフにも受け継がれ、彼も素材の組み合わせを簡潔にしています。

 また、「エディション・コウジシモムラ」の下村浩司さんも食材に精通していて、岩牡蠣や岩海苔など、日本ならではの食材を上手にセンスよくまとめる点に感心させられました。そして、「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフの素材を慈しむ気持ちに溢れた料理の数々。たとえば、カブ料理などは見事でした。

 これらの店はフレンチという看板を掲げながらも、それを超越していると感じさせる場面が少なくありません。たとえば「エスキス」のリオネル・ベガシェフが生み出すオレンジ、ライム、ユズなどの柑橘系の食材を使ったひと皿はとてもさわやかで、地中海の風や光まで連想させる。フランス料理というよりは、まさに今、レストランでの一期一会の瞬間を彩る、今日の料理、「キュイジーヌ・オージュールドゥルイ(Cuisine d’ Aujourd1ui)」という賛辞がふさわしいように思います。

ホタルイカのファルシとアーティチョーク
南仏をイメージし、現地でよく食べられるイカとアーティチョークを使った料理。ホタルイカは掃除して、炒めた内臓とミル貝を刻んだものを中に詰めた。植物が茂る今の季節を意識して、ウイキョウ、ハコベ、イングリッシュクレソンなどを散らし、レモンのソースとホタルイカの内臓を炒めたソースで彩る。

10年後のテーマは「和」と「ニューヨーク」

 今や日本のフレンチ界の重鎮である平松宏之さんが、10年、パリのサン・ルイ島の「レストランひらまつ」で一ツ星を獲得したのは快挙でした。ミシュランの星は世界統一レベルとされていますが、パリの基準は世界中のどこの街より厳しく、レベルも高いとされていたからです。ミシュランが、ヨーロッパからアメリカやアジアへと評価対象のエリアを広げたのには、パリを中心とする「世界戦略」の意味がありました。しかし、皮肉なことに結果はその真逆となります。

 以前なら、「三ツ星店の味はフランスでしか味わえない」とされていましたが、ミシュランの評価が諸外国に広がることで、「パリまで行かなくても自国で味わえる」というように変化していくのです。パリを拠点とするフランス料理には、とくにこの傾向が顕著で、フレンチというジャンルにも、パリという地域にもこだわらなくてよい。天才や話題の店が出現して認められるチャンスは、どの地域も平等とさえいえます。

 そこで私は、北欧の次に流行の中心となるのはニューヨークと睨んでいます。なぜかというと、ニューヨークには、音楽や舞台、美術など、新しい芸術の一番目の発見者になりたいと思っている資産家やジャーナリストがたくさんいて、料理もそのひとつのジャンルだと考えるからです。

 そして、そのキーワードは「和」。世界各国でもてはやされている和食ブームですが、これにより築地市場の魚がニューヨークへと運ばれている現実があります。今や築地・銀座間と、築地・ニューヨーク間は等距離とさえいえます。最近、ニューヨークの三ツ星店「ジャン・ジョルジュ」で出されたマグロ料理には驚きました。棒状に切った生のマグロが、アボカドソースの上にまるでフェットチーネのように盛られ、そこにショウガと酢のジュースをかけていただくのです。ごはんこそないが、これはまさに寿司。日本人の私としては、正直、「やられた!」と思いました。魚の扱いは日本人に敵わないとされていた定説は崩れ、生魚を自在に扱う外人シェフの技を目の当たりにしました。彼もまた、日々自分を追い込んで、新たな表現を摸索しているからなのでしょう。

 米田シェフは、フランス料理を作るというよりも、自分が何者かを追究して料理を作っています。そこからでないと、料理にとってもっとも大切な個性や創造性は生まれてこないのではないでしょうか。

雲丹、人参のピューレ、ビーツのコンソメジュレのコンビネーション

Masuhiro Yamamoto
1948年、東京生まれ。料理とレストラン文化の研究を重ね、2001年、フランス政府より農事功労勲章を授与される。米国グラムメディア社『Foodie Top 100 Restaurants: Worldwide』の選者のひとり。「エル・ブリ 想像もつかない味」(光文社新書)など、著書多数。

CUISINE KINGDOM=構成 伊藤信、大野利洋、依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国228号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は228号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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