「日本人はやわらかい肉を好む傾向にありますが、ヨーロッパでは、歯応えのある6歳くらいの経産牛の肉が人気だったりします」。東京・駒沢の住宅街でイタリアンレストランを営む高橋直史さんはこう言って、渾身の炭火焼きに、10歳の黒毛和牛で経産牛の塊を選んだ。しかも日間ドライエージングしたものだ。ドライエージングにより、水分が抜けて旨味が凝縮し、適度な噛み応えが出る。シェフ自身、「歯応えのある肉を厚めに切った料理が好み」と言う。ただし黒毛和牛の場合、脂が多過ぎるとそこから酸化するので、ドライエージングには、なるべくサシの少ない肉を選ぶことだ。「イメージ通りの肉料理を提供するには、まず素材の力が必要」と、生産者や加工業者との連絡を密にしながら、理想の肉を追い求めている。
炭火でプリミティブに焼いて、塩、コショウで食べるのが「一番旨い」と高橋さん。なるほどシェフの焼き方は一見荒々しく、牛肉が炎に包まれて、「焼く」というよりは「燃えている」印象だ。
「肉に炎を移すのはよくないと言う人もいますが、それは炎から出る煤を肉に付けてはいけないという意味で、煤が肉に付かないようにすれば、炎が出ても構わないと思います」
特にドライエージングビーフの場合は水分が少ないので、肉の中に残った水分を逃さないように表面を焼き固める意味でも、炎の中で焼くぐらいがちょうどいい、と言う。
煤を付けないで焼くには、肉と炭火の距離が肝心。炎の先が肉に接するような距離では煤が付きやすいので、距離をもっと縮めるように焼き台の高さを工夫することだ。ただし、両面がこげるくらいまで焼いたら、次はかなりの繊細さが要求される。火の勢いを弱めて休ませるようにじっくりと加熱するのだが、肉の繊維の変化を敏感に察知する必要があるのだ。
「次第に繊維がゆるんで表面がやわらかくなってきますが、この状態ではまだ中までは火が通っていません。ゆるんだ繊維がもう一度締まるのが目安で、そうなったら、さっと高温で表面を温めてお客様にお出しします」。コンベクションオーブンを使う方法もあるが、肉の個体差を考えると、機械より経験のほうが確かだと思う。
そんな職人気質のシェフの店には毎夜、肉好きが集う。独立から12年が過ぎて、「肉を食べるならイルジョット」と言われるまでになったのだ。
イル ジョット
IL GiOTTO
東京都世田谷区駒沢5-21-9
03-6805-9229
● 18:00~22:30
● 火休
● 20席
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影